第18話 肉まんかと思ったらおっぱいだった 後編

 委員長と口論した日から約一週間が経過し、十二月に突入した。

 今年も残すところあと一ヶ月だ。

 最近はめっきり冷え込むようになり、厚着をしなければ外出もできないような気候になってきた。

 いよいよ本格的な冬が到来したということだろう。


 しかし外出が億劫になるような気候でも、冬休みが始まるまでは学校に通わなければならない。

 その日、オレは完全防寒で家を出た。


「う〜寒すぎだろ……」


 寒風が吹く通学路を一歩ずつ進む。

 昨夜は今年一番の寒波が日本列島を襲ったらしく、朝は一段と冷え込んでいた。

 昨夜のうちに凍結したのか、ところどころに氷も張っている。

 そのうえ風も強いので、まさに真冬と呼ぶべき日だった。


「頑張れオレ! もうすぐ学校だ……」


 顔に吹きつける寒風や体を芯から凍えさせるような気温に震えながらも、自分で自分を励まし、学校へ向かう。

 そうして普段より少し時間はかかったものの、何とか高校にたどり着くことができた。

 

 校舎に入り、教室に向かう。

 教室内は暖房が効いていて、とても暖かかった。


「ふ〜ようやく着いた……」


 自分の席に着き、防寒着を脱ぐ。

 そして担任教師がやって来るのを待った。


「え〜と……一時間目は何だっけ……」


 やることもないので、カバンの中をあさり、授業の準備を始める。

 一週間前のあの一件以来、オレに近づいてくる生徒は完全にいなくなってしまった。だから一人で座っていても話しかけてくるクラスメイトなどいない。

 だが、おかげで一人の時間は今まで以上に増えた。

 もともと一人でいることにそこまで苦痛を感じないタイプだから、誰かに話しかけられたりしないのはむしろ都合がいい。

 オレは孤独な学生生活を逆に謳歌していた。


 しばらくして担任教師がやって来る。

 賑やかだった教室が静かになり、朝のホームルームが始まった。

 その後、一時間目の授業が始まる。

 それが終わると、十分の休憩をはさみ、二時間目の授業が開始した。

 二時間目も特に変わったことが起きるわけではなく、時間通りに始まって時間通りに終わる。

 そんないつも通りの退屈な高校生活を、放課後になるまで無心で過ごした。


「ようやく放課後か……」


 帰りのホームルームが終了し、担任教師が教室から出ていくと、オレは大きく伸びをした。

 今日もつまらない一日だったが、あとは帰るだけだと思えば気も楽になるというものだ。

 オレは手早く教科書やノートをカバンにしまうと、無言で教室を出た。


「うわ! 寒っ!!」


 外に出た瞬間、寒気に襲われる。

 これでも朝よりはだいぶマシになっているのだろうが、今までずっと暖房の効いた室内にいたため、外の寒さにすぐには適応できず実際の気温よりも寒く感じてしまったのだ。

 それに、朝に比べれば気温は高くなっているとはいえ、今が真冬であることには変わりはない。

 オレの住む地域は日中でもそこまで気温は上がらないのだ。

 そのため、道に張っていた氷はまだ完全に溶けきっておらず、滑りやすくなっている。

 オレは滑って転ばないように気をつけて帰ることにした。


 そうして歩くこと約十分。


「なんか腹減ってきたな……」


 突然の空腹に、オレは立ち止まった。

 ちょっと小腹が減ったとかそんなレベルではない。胃の中が完全に空っぽになったかのような強烈な空腹感に襲われたのだ。


「昼めしはちゃんと食ったのに、何でこんなに腹が減ってるんだ?」


 なぜこの時間にこんな空腹感に襲われるのかは謎だったが、この状態では自宅まで持たないかもしれない。

 仕方がないので、このあたりで何か腹に入れておくことにした。


「え〜と、この辺にある店はと……」


 スマホで飲食のできる店を検索する。

 すると、飲食店やスーパーなどがヒットした。


「ここから一番近いのはコンビニか……じゃあそこで何か買おう」


 通学路をはずれて近くのコンビニに向かって歩き出す。

 スマホのルート通りに歩いたため、三分もかからずに目的地にたどり着くことができた。

 

 すぐに入店し、とりあえず温かいお茶のペットボトルを手に取る。

 それから食べる物を探し始めた。


「何にするかな……」


 歩きながら食べるなら、おにぎりかパンが最適だろう。

 しかし、今はおにぎりの気分でもパンの気分でもなかった。


「お、あれは……」


 店内をキョロキョロと見回しながら歩いていると、レジの横で販売されている肉まんが視界に飛び込んできた。


「肉まんか……うまそうだな」


 寒い中ここまで歩いてきたので、体は冷えきってしまっている。熱々の肉まんはこの季節にピッタリかもしれない。


「……よし、あれにしよう!」


 購入するものが決まったので、レジへ向かった。

 レジでお茶と肉まん、ついでにピザまんやカレーまんやあんまんなども購入した。

 そして会計が済むと、すぐに店から出る。

 外は相変わらず寒かったので、冷めないうちに食べてしまうことにした。

 紙袋からピザまんを取り出し、口へ運ぶ。


「あ〜ピザまん、めっちゃ美味い!」


 ほんのり甘い皮とジューシーな肉ダネは相性抜群で、いくらでも食べられそうだ。

 オレはピザまんを食べながら自宅に向かって歩き出した。

 その後、お茶で口の中をリセットしつつカレーまんやあんまんも口に運ぶ。

 どちらも熱々で非常に美味だった。


「……あとは肉まんだけか」


 夢中になって頬張っていたため、いつの間にか紙袋の中身は肉まんだけになっていた。

 これを食べ終えれば完食だ。

 オレはお茶を少し飲むと、最後に残った肉まんを取り出そうと紙袋に手を入れた。


 だが、紙袋に手を入れた状態のままオレは足を止めた。

 目の前にクラスメイトの仁島理穂が立っていたからだ。


「仁島……」

「……げっ! 栗峰くん……」


 オレに気づいた仁島があからさまに距離をとる。

 

「おい! 『げっ』って何だよ!!」


 その態度にはさすがに気分を害されたので、抗議すべく距離を詰めた。


「近づかないで! 変態!」

「オレは変態じゃねぇよ!!」


 やはり一週間前の出来事のせいで完全に警戒されてしまっているようだ。

 だが、オレはおっぱいが好きなだけのいたって健全な男子高生。おっぱいへの愛情が少し行き過ぎなことは認めるが、それでも変態呼ばわりされるのは心外だ。

 今の発言を撤回させるため、さらに距離を詰める。

 が、そこでちょっとしたハプニングが発生した。

 凍った地面に足を滑らせ、そのまま前方に倒れ込んでしまったのだ。


「……うわっ!」

「……え? ちょ……」


 当然オレの目の前にいた仁島も巻き添えを食らって転倒する。 

 ドサッという音を立てて、オレたちは仲良く転んだ。


「いてて……」


 すぐに起き上がろうとするが、右手に『ふにっ』という何か柔らかいものを掴んだ感触を覚えて、そのままの体勢で静止した。


「何だか柔らかいものが……」


 もう一度握ってみる。

 再び柔らかい感触が伝わってきた。


「……ああ、肉まんか」


 オレはその正体を、先ほど購入した肉まんだと思い込んだ。

 転んだ拍子に肉まんを落としてしまい、それを右手で掴んだだけだと思ったのだ。


 しかし、すぐにオレは自分の掴んでいるものが肉まんではないことを知ることになる。


「ん……」


 一緒に倒れた仁島の口から艶めかしい声が漏れた。


「あ、悪い。すぐにどくから……」


 オレはようやく自分が仁島の体に覆いかぶさっていることに気づき、起き上がるため手足に力を入れる。

 だが、仁島は他に謝ることがあるだろうと言わんばかりの表情でオレを睨みつけてきた。


「あの……手……」

「……手?」


 言われて自分の右手に視線を向ける。


「……あ!」


 なんと、右手で仁島の胸を鷲掴みにしていたのだ。

 先ほど覚えた柔らかい感触は、肉まんではなく仁島の胸だったらしい。


「ご、ごめん! 肉まんかと思ったら、仁島のおっぱいだったのか!」


 慌てて胸から右手を離し、立ち上がる。

 仁島も立ち上がって乱れた制服を直し始めた。


「えっと……」


 顔を真っ赤にして黙りこくった仁島に何を言えばよいのかわからず、うろたえてしまう。

 しばらく気まずい空気が流れたが、やがて仁島が口を開いた。


「……漢」

「……え?」

「この、痴漢! 二度と私に近づかないで!!」


 大声でオレを罵倒すると、そのまま背を向けて走り出してしまうのだった。


「お、おい……」


 呼び止めようとするが、彼女は振り返ろうともしない。一刻も早くこの場から立ち去りたいのだろう。

 追いかけようかとも思ったが、あんなことがあった直後なので、さすがにそれはやめておくことにした。

 

「あ〜あ……さすがに嫌われちまったな……」


 わざとではないとはいえ、胸を鷲掴みにしてしまったのだから、嫌われてしまったとしても仕方ないだろう。……まぁ今回の一件がなくても、どうせ仁島と良好な関係を築くのは不可能だっただろうが。


「ま、別にいいか。そんなことより仁島のおっぱい……すげぇ柔らかかった……」


 未だに胸の感触が残っている右手をじっと見つめる。

 仁島の胸は、大きくて柔らかくて張りのある最高のおっぱいだった。

 女子のおっぱいを触ったのなんて生まれて初めてなので、どうしても気持ちが高揚してしまう。

 本人には少し申し訳ないが、オレはこの感触を一生忘れないだろう。

 それほどにインパクトの強い出来事だったのだ。


 オレはしばらくの間、その場から動くこともできずに、ただただ虚空を見つめて惚けるのみだった。


 

 

 

 




 

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