第5話 しつこいお嬢様

(あれは……なんだったのでしょうか)


 その後、ルカは動けないローゼスをお姫様抱っこにして運び、部屋の場所を聞いてから窓から部屋に侵入。


 どうやって、鍵のかかった窓を開けたのかは検討もつかないが、そのまま優しくベッドへ横たえて、そのまま部屋を後にして行った。


 目を閉じれば、思い出せるほどに強烈に焼き付くルカの剣閃。的確に剣を弾き飛ばし、腕や足を斬っていくその姿に、ローゼスは憧憬を浮かべていた。


(あれが、わたくしが目指すべき剣技の果て。身につけるべき力)


 一体どうやって、彼はそこまでの力を手に入れたのか。どうすれば、そこまで剣を極めることが出来るのか。


(知りたい。もっと、彼のことが)


 ルカの剣には、人を魅せるような動きなど何一つとして入っていない。ただ、どうすれば効率的に人を殺すことが出来るのか。ただそれだけを追求した剣の形。


 それでも、彼女はその鮮烈さに、魅入られてしまったのだ。





「ルカさん。わたくしを弟子にしてくださいませんか?」


「なんて??????」


 次の日。だらーりとしているルカに、ちょっかいをかけるアーノルドに関せず、つかつかと歩み寄っていくローゼス。


 それに対し、「ほぅ」とアーノルドは興味深げに言ったあと、スススッ、と二歩ほど下がった。ルカは一体何事かと身構えた。


 もし、昨日のことを話そうものなら、その手を取って直ぐに教室の外に移動することも脳内で高速でイメージし、準備万端。バッチコイと心の中で覚悟を決めたのに、コレである。


「……ごめん。俺の聞き間違いかな。もう一回言ってくれるか?」


「ルカさん。わたくしを弟子にして下さいませんか?」


(一言一句同じだ!?)


 先程聞いた言葉と何一つ変わらないトーンで繰り出された言葉に、内心で頭を抱えたルカ。


「へぇ?舞姫程の実力者が、『やる気ゼロの天才剣士』に弟子入り……どんな風の吹き回しだい?」


「殿下、それはプライバシーに関わることですのであまり公言はできません。ご理解ください」


「ふぅん……?またキミ、面倒事に首を突っ込んだのかい?僕の時みたいに」


「やかましいぞ首突っ込み王子。そもそもアレは、お前がフリューゲルに面倒事を持ってきたからだろうが」


 はぁ、とため息を吐いて席を立ち上がるルカ。


「着いてこい。話の続きは、人気がないところでしよう」


「……まぁ、大胆ですのね」


「先生には上手く誤魔化しておくよ」


 ローゼスの手を掴み、そそくさと教室から出るルカ。ナチュラルに手を掴まれたことにより、昨日のことを思い出したローゼスはすこーしだけ頬を赤くした。


 その後、ルカ達が消えた後の教室では、生徒たちが大声を上げたとか何とか。


「まずは、お礼を」


 場所を移動したあと、ふわり、と回転をして、指でスカートの裾を掴み、カーテシーをしてルカへと頭を下げるローゼス。


「あなたのおかげで、こうしてわたくしは怪我一つもなく、変わりない学園生活を送れています」


「気にしなくていい。俺にとって、こうして誰かを助けるということは普通のことなんだからな」


「そうだとしても、です。あなたがいなければ、わたくしは混沌の嵐カオス・ハリケーンの手先に連れ去られ、どこかの貴族の慰み者として、今頃純潔を散らしていたでしょうから」


「………そうなのか?」


「はい。悲しいことに、こうしたことは幼少期の頃から続いているので」


「そうか。それは大変だな」


「はい。なので、わたくしを貴方を弟子にして下さいませんか?」


「それとこれとは話が違うな」


 なぜその話から弟子についてに繋がるのか。頭痛を覚え始めたルカは、今日何度目かのため息を吐いた。


「そもそも、なぜ君は俺の弟子になりたがる?別に、剣術の腕ならば────」


「剣術だけでは、ダメなのです」


 食い気味に、言葉を被せられ思わず黙り込むルカ。


「戦いのない世界に適応するように進化した見た目だけ、形だけの剣では足りない。あなたが使っていたような人を殺すためだけに特化した剣技────わたくしは、その剣を身につけなければならないのです」


「………なんのために?」


「わたくしだけでなく、わたくしの近くにいる人も、守れるように」


 真剣に、ルカの目を見つめてくるローゼス。その目には、見覚えがある。前世で、助け、助けられの関係だった友人。一緒に平和のために戦場を渡り歩いてきた、戦友の目に、とてもそっくりだった。


 だからこそ────ルカは、その期待には応えられない。


「ダメだ」


「えっ……」


「君に、その剣は相応しくない」


 ルカと戦友は、戦いの果てに、平和な世界をあまり堪能せずにその生を終えた。


 守りたい人を守りたい。その気持ちは、ルカにも痛いほど分かる。だがしかし、ローゼスの剣は、この世界の平和を象徴するほどに、美しい。


 だから、その剣を汚してはならない。


「安心しろ。この学園にいる限り、君のことは俺が守る────君の剣は、戦いで汚れてはならない」


「なっ……ちょっと……ルカさん!」


 振り向かずに、その場を立ち去るルカ。


「絶対に……!ぜっっっっったいに諦めませんから!きっと振り向かせて見せますわー!」



「ルカさん!」



「ルカさん!わたくしとお手合わせしませんか?」



「ルカさん!もしよろしければ、昼食をご一緒に……」



「ルカさん!」



「ルカさん!」



「ルカさ────」







「つ、疲れた……!」


 結局、本当に今日一日中付き纏われたルカ。ここ最近感じることのなかった疲れに、ソファにどっかりと座り込むルカ。


「やぁ色男。随分と面白いことになってるな」

「フリューゲル……」


 ふわり、と香る花の匂い。いつの間にやら、フリューゲルが隣に座っていた。


「そんなお前に、残念ながら依頼だ」


「……………」


 嫌な予感に、汗が垂れる。


「なんとびっくり、フィルヴィス家の当主からだそうだ」


「は……は、はは……」


 そんなことまでしてくるか……!と戦慄するルカ。ルカは、疲れた目でフリューゲルを見つめ────


「キャンセルで」


「ダメだ。ばかもの」







「ルカさん。わたくしのラブレター、届きましたか?」


「……はぁ、俺の負けだ。フリューゲルを通されたら、流石に俺も断りきれない」


「では、今日から宜しくお願いいたします、師匠」

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