第4話 受賞作と落選作
ニーナはまだ前を向けずにいる。
ピノカも、ニーナの内心を察してか、顔を曇らせる。
「ニーナ先輩の絵、合格ナイ、おかしいデス! ダイセイドウ、シンサイン、ヘン。頭ダメ。インボウ。違いないデス!」
ピノカは小さな手足をぶんぶん回し、憤然と言う。
「あらあらまあまあ。陰謀って……。意味がちゃんと分かっていってるのかしらぁ、ピノカちゃん」
ベルタがたしなめるように口を挟んだ。
「分かってマス、デス! ジツリョク。先輩。スゴイ。でも、ニーナ先輩。アカデミー卒業生ないデス。だから、落としたデス!」
「うぐっ」
ニーナは万能の聖女を養成するアカデミー出身ではない。
それは、彼女のコンプレックスのひとつだった。
邪気のないピノカの言葉に、かえって心にダメージを受ける。
落選後だけに、余計にそれはこたえた。
そんなニーナに代わって、ベルタが彼女にこたえる。
「う~ん。たしかに聖堂のコンテストなら、権威主義的なところがなくはないかもしれないわねぇ。それは否定しきれないわぁ。けどねぇ、いままで入賞した作品を見てみれば、審査に手心を加えたりしてないこと、ピノカちゃんにも分かるでしょぉ?」
「でも……デス」
「それにぃ――」
まだ納得いかないというピノカに、ベルタは困ったように口を八の字に曲げた。
一瞬、ニーナを気づかうようにちらりと目を向けたが、それでもきっぱりと言う。
「去年最優秀賞で入賞したボッカチェラさんはアカデミー卒業生じゃないでしょぉ?」
「で、ですよね。やっぱり実力不足……」
「デモデモ!」
がくりとうなだれてしまうニーナをかばうように、ピノカはまだ頬を膨らませたままだ。
「ボッカチェラ。大貴族デス。お金たくさんデス。だから、アカデミー卒業生ないでも、イケた。レイガイ? デス」
「こら、ピノカちゃん。めったなことを言うものじゃないわぁ」
さっきよりも少し強く、ベルタはピノカの言葉をたしなめる。
「お金を使ったからだなんて……。誰が聞いているか分からないのよぉ。万能の聖女のコンテストに賄賂や裏金が使われてる、なんてよくない噂は聞くけれど~。あたしはそこまで、審査員が腐ってるとは思わないわぁ」
「で、ですよね。わたしもそう思いますし、そう思いたいです」
「そりゃあ、審査員さんだって人間だから、どうしたって好みやオトナの事情を全部抜きに審査するなんて難しいでしょうけどねぇ……」
うなずきあうニーナとベルタ。
「む〜、ワイロ。違うデス。そうでなくデス」
一方、ピノカはまだ納得いかないようで地団駄を踏んでいる。
「あらぁ? ごめんなさいねぇ。私の勘違い? ピノカはなんて言いたかったのかしらぁ?」
母国語の異なるピノカは、まだこの国の言葉に不慣れだ。
もどかしげに、それでも必死に言葉をつむぐ。
「ボッカチェラの絵、お金たくさんデス。キラキラ。ピカピカ。ニーナ、無理デス」
「あぁ、そういうことねぇ」
ようやくベルタにも、ピノカが何を言いたいのか理解した。
一方、ニーナにはまだ把握できない。
ベルタは、ニーナに伝える意味も込めて、ゆっくりとピノカにたしかめる。
「ボッカチェラさんの巨大絵画、すごく贅沢なつくりだものねぇ。金地や紫の顔料とか、あんな大きくて上質な紙とか、額縁もホンモノの金に宝石を散りばめてあって……。思い出しただけでため息が出ちゃうわぁ」
ベルタは妙に色っぽいため息をつく。
「あぁ。そういうこと、ですね」
「そうデス。だから、ズルデス。あんなのムリ」
言いたいことが伝わったとみて、ピノカは勢いこむ。
けれども、ベルタは苦笑を返すだけだ。
「ズルじゃないわよぉ。あれだけ豪華な絵、少しでも均整をかけば、ゴテゴテの悪趣味なものになりそうなものよぉ。けど、ボッカチェラさんは、それを見事に、華やかな作品に仕上げていたでしょう?」
「それは……。ハイ、デス。認める、デス」
「でしょぉ? もし、同じ題材、同じ材料をニーナちゃんが扱ったなら、どうかしらぁ?」
「あっ」
ベルタの言葉に、何かに気づいたように声を上げたのはニーナだ。
ピノカもニーナと同じ顔をしていた。
「無理、です。わたしには扱えないです。あんな華やかな画材……。絶対、無理。わたしがやったら、金持ちアピールしてるみたいな、すごく悪趣味な絵になっちゃいそう……。そもそも、塗料とかもったいなくて、ちょこっとしか使えなそうだし。紙だってあんなぜいたくなもの……。筆持つ手も震えそうだし……あぁ、想像しただけで怖いですぅ!」
自分の発する言葉に自分で追い込まれ、ネガティブのスパイラルにおちいるニーナだった。
気落ちしてしまったニーナの頭を、ベルタは優しくなでる。
「得手、不得手は誰にでもあるわぁ。わたしにもピノカちゃんにも」
「そうデス! エテフエテ、デス! ピノカ。ベルタ先輩みたい。絵付けムリ、デス。でも、先輩より鉄。まっすぐ伸ばすデス。得意デス」
「うふふ、そうねぇ。ピノカちゃんのハンマー使いは天性のものみたいねぇ。新人とは思えないわぁ」
「ひえっ、デス!」
ベルタはピノカも「よしよし」と抱きしめようとした。
ピノカは、野ウサギのような素早さで逃げ回り、ニーナのうしろに隠れる。
ベルタは「あらぁ」と残念そうにため息をついたが、それ以上追おうとはしなかった。
「……もちろん、貴族出身のボッカチェラさんだから、ふだんから高級な画材を扱い慣れてるっていのは、あるでしょうけどねぇ……。そこまで言い出したらキリがないわぁ。世の中、埋めがたい不公平というのは必ず存在するものよぉ。私がどんなにがんばって普通の子みたいに、小さくはなれないようにねぇ」
「ピノカも! ベルタ先輩。みたい。大きくなる、むりデス!」
「あら、それは分からないわよぉ。ピノカちゃんもまだまだ成長期かもしれないわぁ」
「イイ、デス! いらないデス。エンリョ、しマスデス!」
「あらぁ、そんなに力いっぱい否定されると、お姉さん、少~しだけショックだわぁ」
ニーナを挟んで言い合う、ベルタとピノカ。
ニーナは内心でそっとため息をついた。
――埋めがたい不公平。
そう言われて、ニーナの脳裏によぎったのは実姉の姿だった。
胸をちくりと痛めながらも、そこは素直に認めるしかなかった。
ピノカもしぶしぶだけど、ベルタの言葉を受け入れる。
幼いながらに職人の端くれとして、すぐれた作品を優れたものとして認められるだけの分別は、彼女にも備わっていた。
工房の親方の厳しいしつけの賜物でもあった。
「でもデス。やっぱり。ピノカ、ニーナ先輩の絵のほうが好きデス。デス!」
そこだけは譲れないとばかりに、ピノカは声を張る。
ベルタも今度は否定しなかった。
「私も好きよぉ。今回の作品はニーナちゃんの得意が全面に出せていたと思うわぁ。結果は結果だし今年の入賞作はまだ観てないけどねぇ。歴代の作品と比べても見劣りするものじゃ、絶対なかったわぁ。きっとすご~く惜しかったんだと思うわぁ」
「あっ、ありがとうございます!」
後輩のピノカのみならず、先輩のベルタからも褒められ、ニーナの声は、ちょっとだけ弾んだ。
きっと身内びいきではなく、素直な感情から“好き“と言ってくれていると分かる。
いままで一番、会心の出来だと思っていたのは、自分の思い込みではなかったんだ、とほっとする思いもあった。
「……でも、結果は結果ですよね。入賞できなくちゃ意味ないです。ほんと、こんなにたくさん応援してもらったのに、好きって言ってもらえたのに。あ~、自分が情けないです、ほんと……。ふがいなくてダメダメで……」
一瞬ほころんだニーナの笑顔も、すぐにしぼんでしまう。
工房のふたりに褒められると、かえってコンテストの結果が悔しく感じられてしまう。
応援してもらったことが申し訳ないようにすら、思えてしまう。
みるみる自責の深い壺に落ち込んでいく。
「ニーナちゃん。親方に職場復帰のあいさつにいってらっしゃいなぁ」
そんなニーナの内心を察してだろう。
ベルタは、仕事モードに切り替えた口調でうながす。
「あっ、は、はい。そう、ですよね……。お仕事、がんばらないと。親方にあいさつも」
工房のふたりも、今回のコンテストにどれだけニーナが全力をかけていたかよく知っていた。
通常の仕事もこなしながら、毎夜ランプのうす明かりの下で絵を描き続けていた彼女の姿を、温かな目で見守っていた。
けれど、結果は結果だ。
こうして工房にニーナがやって来た以上、気持ちを切り替えられるよう、あえてなんでもないことのように振る舞うしかなかった。
「さあっ、ピノカちゃ~ん。私たちも仕事に戻るわよぉ。今日じゅうに先週の受注分片付けちゃわないと、親方のカミナリが落ちるわよぉ」
「ふぇっ!? ピノカ、カミナリ、きらいデス! ピカ、ゴロ、ダメ! デス! ニーナ先輩。また後でデス」
ふたりはそれぞれの仕事場に戻って、作業に向き合う。
もうその顔は、さっきまでおしゃべりしていた女の子たちではなく、職人の顔つきになっていた。
ニーナも、その姿に背を押されるように、工房の奥へと進んだ。
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