モンスターがあふれる世界になったけど、頼れる猫がいるから大丈夫です

よっしゃあっ!

第1話 プロローグ



「――うん、ちゃんと自炊してるから送らなくても大丈夫だって。うん、そうそう。それじゃあ、もう遅いし、またね」


 家族からの電話を切って、私はベッドに横になる。

 東京の大学を卒業し、九州に引っ越して、一人暮らしを始めて二か月ほどが経過した。

 実家を離れる不安はあったが、案外慣れればどうとでもなるものだ。


「……まあ、料理はまだちょっと苦手だけど……」


 お母さんにはちゃんと自炊してるって見栄張っちゃったけど、実際はスーパーの出来合いのオカズやコンビニ飯で済ますことが多い。

 いや、だってしょうがないじゃない。

 一人暮らしだと、一品一品作るのって結構手間だし、閉店前のスーパー行けば、お惣菜とか半額で売ってるんだもの。

 ……しかも自分で作るより美味しいし……。


「簡単なひと手間で料理は美味しくなりますよーって、テレビじゃよくやるけど、それって元々料理が苦じゃない人しか出来ないって……」


 少なくともそのひと手間が面倒くさいと思ってしまう私には絶対無理だ。

 女性としてそれでいいのかと思ってしまうが、こればっかりは仕方ない。

 社会人としてもまだまだだなぁと自覚する。


「今日の夕飯どうしようかなぁ……」


 コンビニ……いや、この時間ならスーパーのお弁当が半額になってるか。

 チラシを見れば、今日の日替わり弁当はとり天かデミ風オムライス……うん、鳥天にしよう。

 あそこのスーパーのとり天凄くおいしいんだよね。

 うーん、考えただけでお腹がすいてきたよ。

 

「あ、ハルさん、ちょっと出かけてくるからいい子で待ってるんですよー」

「みゃぁー」

「あ、ちょっと雨降りそうかな。一応、傘持っていった方がいいか。……あ、ハルさん足にくっついちゃ駄目だって。ほら、離れなさいー」

「みゃぁー……」


 やだーと抵抗する唯一の同居人、猫のハルさんをなんとか引きはがし、私は近所のスーパーへと向かった。


 




 近所にあるスーパーは自転車で行けば、五分もかからず到着する。

 目的のとり天弁当(半額)とハルさんのおやつを買うと、再び自転車をこぐ。

 この分だと、傘は持ってこなくても良かったかなぁ……?


「……ん? 地震?」


 アパートまで半分くらいのところに来た時、私は地面が揺れているのに気付いた。

 自転車に乗ってても気づくなんて相当な揺れだ。

 

「うわっ……つよ……」


 ガタガタと周囲の建物が音を立て、木々がざわめいている。

 かなりの揺れだ。スマホに地震警報は出ていないけど、帰ったらチェックしてみよう。

 

「てか、この揺れどんどん大きくなって――」


 る、と言おうとしたまさに次の瞬間だった。

 目の前の地面を突き破って巨大な木が目の前に出現した。


「……あぇ?」


 思わず間抜けな声が出る。

 何だ、これ?

 木? いや、木だよね、これ。どう見ても木だ。

 それもめちゃめちゃデカい。

 見上げれば、周囲の建物なんて軽々超える高さの巨木が、突然目の前の地面から生えてきた。


「え、いや、えぇー……?」 


 人間って本気で混乱すると、こんな風になるんだなぁと実感した。

 まるで意味が分からない。

 いや、だって木だよ?

 突然地面から木が生えてくるって、何さ?

 混乱する私をよそに、不可解な現象はさらに続く。


 ボコッ、ボコッ、ボコッと。

 

 地面や建物を突き破って、巨大な木が次から次へと現れたのだ。

 バチンッ! と何かが弾ける音が聞こえた。

 反射的にそちらを見れば、どうやら向こうに生えたデカい木が電線を引きちぎったらしい。

 バチバチと青白い光がぶらぶらと垂れ下がった電線から放たれていた。

 通電してる電線が千切れるとああなるんだ。

 いや、いや、今はそんな事どうでもいいし。


「な、なんなのよ、これぇ……」


 何かわからないが、とにかくおかしなことが起こってることだけは確かだ。

 

「おい、なんだよ、これ!」「おい見ろよ! すげぇでっけぇ木が生えてるぞ! 嘘じゃねーよ!」「ねぇ今、めっちゃ揺れなかった?」「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」「おい、車通れねーぞ!」「なんじゃこりゃあああ!」「あれ見て! なんか緑色の変な生き物が居るんだけど!?」「あっちにもいるぞ!」「私の家がー!」「おーい、大丈夫か? 無事か!」


 暗くなりかけていた明かりがそこかしこに灯り、それに伴い、周囲の人々の声も大きくなってゆく。

 みんな同じような反応だ。

 少なくとも、これが私の脳内だけの幻覚ってわけではないらしい。

 

「避難しなきゃ……って、そうだ! ハルさん!」


 近くの学校にでも避難しようかと思ったが、直前私の脳裏に猫のハルさんの姿が浮かぶ。

 ハルさんを置いてはいけない。

 私は急いでアパートへ向かった。

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