第16話 誤飲

 トンネル崩落事故の翌日、ラースクリニックは通常業務に戻っていた。

事故の被害者は全員回復に向かっているとのことで、安心した。


 事故原因については、辺境伯と隣街の領主様が共同で調査を行なっているが、目ぼしい結果は出ていなかった。


「次の方どうぞー」


 そういうと、犬型の魔獣を連れた女性が診察室に入って来た。


「今日はどうされましたか?」

「この子、私の万年筆を咥えて遊んでいたんです。取り上げようかと思ったんですが、気づいたらキャップがなくなっていて、部屋のどこを探しても無いので、もしかしたらと……」

「なるほど。間違えて飲み込んでしまった可能性があると」


 ペットが飼い主の目を盗んで、異物を誤飲してしまうというケースは少なく無い。


「ちょと、見てみますね」


《医療魔法・スキャン》


 ラースは魔法で、体内の状況を観察する。

もし、誤飲してしまっているならこれで何か映るはずである。


「何も、見えませんね……」


 キャップらしきものは見つけることができなかった。

飼い主の勘違いだったのだろうか。


「念の為、別の方法も試してみましょう」


 ラースの医療魔法に映らなかっただけということも考えられる。


「お願いします」


 飼い主さんは不安そうにその様子を眺めている。


 そして、ラースは魔獣を診察台の上に乗せた。


《医療魔法・調剤》


 医療魔法で薬を生成すると、注射器で魔獣に打ち込む。

これは、吐きたくなる薬である。

 

 本当に飲み込んでいたなら、これで吐いてくれる可能性は十分にある。


「頑張ってねー」


 そういいながら、ラースは背中を撫でてやる。

そして、数分後に魔獣はキャップを吐き出した。


「よし、出た」


 まだ、胃の中にあってくれたようだ。

キャップが小さかったため、ラースの医療魔法にも正しく映し出されなかったのもと思われる。


「よく、頑張ったねー。もう、大丈夫だよ」


 そう言って、ラースは再び頭を撫でてやった。


「もう、大丈夫です。やはり、キャップを飲み込んでしまっていましたね」

「本当にありがとうございます」

「いえ、次からは注意してあげてくださいね」

「分かりました」

「お大事にー」


 そう言って、飼い主さんはペットを連れて帰って行った。


「院長、そろそろ休憩しませんか? お昼、まだでしょう?」


 患者さんが落ち着いたタイミングで事務長のイリスがやって来た。

時刻はもう昼過ぎである。

忙しくて食べるタイミングを完全に逃していた。


「アリアさんもご一緒にどうです?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ラースたちは2階にある休憩スペースへと向かう。


「今日は私の妻がお二人にもとお弁当を持たせてくれましてね。たくさんあるので、ぜひ召し上がってください」


 そこには、美味しそうな料理が並んでいた。


「いいんですか? いただいちゃっても」

「もちろんです。これは、妻からのお礼だそうなので」

「お礼?」


 イリスの奥様から何かお礼を言われることをしただろうか。

ラースは一瞬考えた。


「私の息子は騎士をしております。昨日のトンネル崩落事故で、子供を庇おうとして負傷しました。それを治してくれたのが、ラース院長だったのです。私からもお礼を言わせてください」

「いえ、私は医師として当然な治療をしたにすぎません。しかし、せっかく作っていただいたので、これはみんなで頂きましょう」


 ラースたちは三人で食事をするのであった。

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