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とあるカウンター

男が一人、日本酒と小皿で一杯やっている

向うで刺身を盛り付けている大将の手際

ちびちび


「それなんですか?」


振り向くと男がにっこり笑っている


「はい?」

「それなんですか?」

「あ、えっと、菜の花の酢味噌和えです」

「一口貰ってもいいですか?」

「あ、どうぞ」


男が小皿を差し出すと、隣の男は会釈を済ませて菜の花を摘まむ


「あー」

「美味しいですよねぇ」

「もう一口貰ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


遠慮なく二口目を摘まむ男

男も特に気にしていない

立ち飲み屋、なくはない光景


「ご馳走さまです」

「いえいえ全然」

「因みにそれはなんですか?」


男が更に指を指してくる


「あ、日本酒です」

「一口貰ってもいいですか?」

「どうぞ」


うっすらと沸き起こる警戒心

男は自然を装って隣の男にグラスを渡す

受け取って躊躇なくグラスに口をつける男


「あー、はいはいはいはい」

「美味しいですよねぇ」

「ありがとうございます」


グラスを返すと男はメニューを探索し始める

帰ろうか、どうしようか

男は隙をみて考えを巡らせる


「すみません、お勘定お願いします」

「3番さんお勘定」

「ありがとうございまぁす」


大将の呼び掛けにホールの若い女が答える


「ここ、良いですね」

「え、あ、はい」

「よく来られるんですか?」

「あ、いや、今日初めて来ました」

「2,780円でぇす」

「ここ良いですね」

「そうですね」


勘定を渡す男

若い女がお釣りを取りに行く向こうで大将が鍋の火加減を調節している

男は菜の花を日本酒で追いかけるがそれどころではない


「220円のお釣りでぇす」

「ご馳走さまでした」

「ありがとうございましたぁ」

「ありがとうございましたぁ」


大将と若い女の声を背中に受けながら隣の男は店を出ていった

その背中をぼんやり見送った男は隣の痕跡を見るともなく眺める

ぐんにゃりとしたおしぼりと、微かに湿って光っている箸

ポツン


「はい、鰹のなめろう」


突然の声に振り向くと、覚えのないなめろうが目の前に差し出されている


「あ、頼んでないですけど、」

「あちらのお客さんからです」


見ると女がこっちを向いてにっこり笑っている

男は取り敢えず会釈をするがもう何一つ追いついていない

隣では若い女が片付けていて、向かいでは大将が包丁を研いでいる


なめろうと、菜の花と、綺麗な女と、お勘定と、


「すみません、おんなじやつもう一杯貰っていいですか?」

「はいよぉ」


男は残りを飲み干して、一先ず菜の花を片付ける



終わり










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