第42話 一矢報いる黄花

【前話までのあらすじ】


宿屋モンタジュにて『形のない宝石』が城内にあるという情報を得たマイルは古巣であるキャスリン城に侵入する。しかし、見張りの者の刃に傷つけられる。毒に侵され意識朦朧のまま子供部屋に辿り着いたマイルは、宝石を目の前に気を失ってしまった。

◇◇◇


【本編】


 朝になるとライスとリジはマイルがいない事に気が付いた。


 城に忍び込むことになれば「一緒に付いて行く」と言いかねないライスを想い、マイルは偵察の日を2,3日後とぼやかしていたのだ。


 大事を告げに、夜通しキャカの発芽に取り組むギガウたちのいる畑へ走った。


 そこではギガウとミレクが地面に手を付け、地の精霊の力を注いでいる最中であった。


 息を切らすライスとリジの前に姿を現したのはアシリアだった。


 「2人とも、どうしたんだ?」


 「それが、マイルが城に行ったまま帰って来ないの。どうしよう」


 『私には知らないことだ』昔のアシリアならこのように言っていたかもしれない。


 しかし、今のアシリアは違う。


 朝の大地は種の発芽にはもっとも大切な時であるにも関わらず、ギガウの手を休ませると一緒に対策を考えてくれた。


 「そいつは心配だな。ミレク、お前はそちら側の人間だ。悪いが、畑の成果を報告すると見せかけて、様子を見て来てくれまいか」


 「ですが、ギガウ様。種は今が一番大切な時。中断してしまっては..」


 「大丈夫だ。お前の分も俺の地の精霊フラカが受け持ってくれる」


 「 ..わかりました」


 ミレクが軽く身支度をして馬に跨った時だった。畑のあぜ道いっぱいに馬に乗った集団が近づいてくる。ミレクは目を細めて確認した。


 「ギガウ様、大変です! レミン女王です。女王が自らやって来たようです」


 ライスとリジ、ギガウとアシリアが顔を見合わせた。


 マイルが捕まったことにより、畑の中止を告げに来たのか? 最悪、逮捕の文字がギガウの脳裏に浮かんだ。


 だが、衛兵からは殺伐とした雰囲気もなく、レミン女王にいたっては大きく手を振っている。


 「レミン様、おはようございます」


 「ああ、ギガウ。良い朝だな。おはよう。ところでキャカの種はどうだ?」


 どうもレミン女王の様子から城内で事件が起きたようには感じられなかった。ギガウはそれとなく探りを入れた。


 「はい、私どもは夜通しキャカの種に精霊の恵を与え続けております。キャカを取り巻く土は改善し、種からも息吹を感じられるようになりました。レミン様におかれましては良い夜を過ごされたようですね。とても良い肌ツヤでございます」


 「そうか? 見かけに依らず、女性への御世辞がうまいのう。しかし、お前たちがキャカの木を育てると聞いて、昨夜はとても良い気分で眠ることができた」


 やはり城では大きな騒ぎはなかったようだ。もしも怪しい男が捕らえられたなら、こんな悠長な会話などないはずだ。


 「あと、一息で種から芽が出ます」


 「本当か!? 見物して行って良いか?」


 「はい。どうぞ」


 レミン女王は今か今かと落ち着かない様子で角度を変え、場所を変え、土を見つめていた。


 — パリパリ.. パリ


 耳を澄ますと何と殻が割れていく音が聞こえた。


 すると間もなく土を押し広げ柔らかな緑色の芽が顔を見せた。


 あっという間に大きな双葉を広げると周辺の空気がキャカの葉に吸い寄せられていくのがわかった。


 「おお、これぞ、これぞ待ち望んだキャカの芽か。50年前に見たかったものよな..」


 その芽を見つめるレミンは悔しさとうれしさが入り混じった何とも言えない表情をしていた。そして続けてギガウを労うのだった。


 「よく、やってくれたギガウよ。お前は私が死ぬ前に、あの時の悔しい想いに一矢報いてくれた。礼を言うぞ」


 「お言葉ですが、その言葉はまだ早いです」


 「なに?」


 「よく見てください。これがチャカス族コラカの子であり、地の精霊に愛されたギガウの力です」


 ギガウが—ふんっ と力をこめると大地の中を何かが走り抜けた。すると双葉は本葉に代わり、茎がみるみる太く堅く成長した。枝は大きく張り出し、朝の光に映える若葉で埋め尽くされていく。そして、あっと言う間に2メートルを超える成木となったのだ。


 「アシリア、頼む」


 エルフのアシリアがキャカの葉に隠れると、花芽が急成長し、辺りを明るく照らすほど色鮮やかな黄色い花が咲き始めた。


 「これはなんとも見事な!」


 「レミン様、あと一日待っていただけますか。この木のことがわかりました。このキャカの木は種になる前の花を土に植えなければならないのです。私たちは今咲くこの花を摘み、それを大地に植えます。レミン様、この場をキャカの花で埋め尽くしてみせましょう」


 「ほ、本当か! それは素晴らしいな。約束だぞ。明日は私の父上も連れてくる。もしそれを見せてくれたら、お前の望むものを何でも与えようぞ」


 興奮の為かレミンはせき込みながら馬車に乗り込んだ。


 馬車の窓から伸ばした手を大きく振ると、レミンはそのまま城へ戻って行った。


 「ライス、今の様子からだと..」


 「うん。マイルは捕まってないかも。でも、何しているんだろう」


 「きっと、脱出する前に明るくなって帰れなくなったんだよ。あいつ、抜けてるところあるし」


 いつものリジのきつめの言葉が今は、ライスを安心させた。


 — その頃、子供部屋で倒れたマイルは目を覚ました。


 「こ、ここは.. そうか。俺は毒の為、ここで倒れてしまったのか..」


 「気が付いたか? もう熱も下がったから大丈夫であろう」


 温和な男性の声がした。マイルはおでこにのった濡れタオルを拭うと、その声の主を見た。


 「ここは天国か? いや、俺が天国のはずないか。 あなたが、なぜこの場にいるんだ?」


 「私にもわからないのだ。私は確かに娘を抱きしめた後、船に乗ったはずなのだが..」


 マイルの目の前にいたのは、先代の王アアルクだった。それは子供部屋に飾られた水彩画のように若き姿のままだった。

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