第38話 優先するのは..
【前話までのあらすじ】
ライスたちは人目に着かないように三班に分かれてキャスリンの街に入る計画を立てた。森でゆっくり過ごすアシリアとギガウ、街で迷子になるライスとリジ、先に入ったマイルとスレイは宿屋モンタジュで待ちぼうけを喰らうのだった。
◇◇◇
【本編】
南の島の強い陽射しが窓から射し込む。
当然のように先に目を覚ましたのはリジ・コーグレンだ。そして、これまた当然のようにライスが床に寝ていた。しかも、いつものように服を剥ぎ棄て、掛布団に包まる蓑虫をしている。
「ライス、起きろぉ!」
布団の端を思いきり引っ張るとライスが面白いように回転する。
「はわわわわわわ——」
・・・・・・・
・・
「マイル、おはよう」
「おお! リジ、おはよう。 ライスは起きてるか?」
「うん。今降りて来るよ。ところで、ギガウとアシリアは?」
「いや、来なかったよ。たぶん、あいつらは森で野宿でもしたんだろうさ」
「そっか。アシリアはエルフだもんね」
階段を駆け下りてきたライスはお決まりの言葉を言った。
「マイル、おはよう。早く朝飯食べに行こう!」
マイルとリジは見合わせると呆れて手をひらいてみせた。
先に外で待つスレイは悩んでいた。昨日、マイルに話した「月の涙」のことを皆に話すべきかを。
「スレイ、おはよう!」
元気よく顔をのぞかせるライスから目線をそらしてしまった。
「うん。おはよう」
「お腹減っちゃったね」
4人は街で一番美味しく、ライスの腹を満たすほどの激盛りの店『食堂タンク』へ向かった。
食卓にはホロホロ鳥のスパイス焼き&卵スープ、黒豚の燻製スライスとチャチャトマトを挟んだパン、そしてテーブルの真ん中に特製ココノエエビの甘味焼きがドカンと置かれていた。
「すっごい量だね」
「ああ、これがこの島のあたりまえの朝食だ。この島の連中は良く働く。日差しも強いからこれくらいじゃないと身が持たないのさ」
「いただきまーす!」
ライスは頬がふくらむくらいに料理を頬張る。
「うわっ! このエビ凄くおいしい! 外側はカリっとしてるのに中はふんわりしている。甘しょっぱいタレが染み込んでいて、ほんとにおいしいよ!」
「どうだ、リジ! これはこの島の郷土料理だ。ヴァン国でもこの味わいに敵う料理は見当たらないだろ?」
「くっ..悔しいけど、見当たらないわ」
「大丈夫、ヴァン国にはブレン桃があるよ。あの桃で作ったジャムで味わうパンに敵うものはない。いつか私が桃を復活させるから」
口に食べ物を詰まらせながらモゴモゴと話すライスの言葉はほとんどわからなかったが、リジはおそらくそう言っているのだろうと脳内補完した。
そして、ライスはまだ湯気が立つココノエエビの身を切りとると、さらに口に頬張った。
・・・・・・
・・
見事にテーブル上の料理を食べきった。
「おいおい、すごいな。全部食べ切ったのかい?」
食堂タンクの主人もライスの食べっぷりに感心していた。サービスに焙煎させた豆をサッとミルクで煮て甘い蜜を入れた飲み物を出してくれた。
その優しい甘みと懐かしい焙煎した豆の香り、ライスは口に含むと懐かしい味に思い出していた。そう、これはロスが好んで飲んでいた飲み物と同じ香りがするのだ。
そして一息ついたころに、今まで黙っていたスレイが語り始めた。
山岳の国ルーナの神器「月の涙」、ナイフ岩で幽閉される月の巫女ルナ、そして次の満月までに「月の涙」を探し出さなければルナに処罰が待っていることを話した。
「——そ、それで、『月の涙』はきっと『形のない宝石』のことなんだ」
「 ..そんなの絶対許せない!」
そのひと言にスレイは目を伏せた。
「そ、そうだよね.. 僕、間違ってた。やっぱり僕はここに居るべきでは—」
「スレイは間違ってない! 私だって同じことをしたかも!」
「え!?」
スレイは返ってきた言葉に驚いてライスを見あげた。
「おい、ライス。それで本人は失敗して困っているんだぞ」
「そんなの関係ない! 私、スレイを手伝うよ」
「リジ君、ライスがあんなこと言ってますが?」
マイルが呆れた顔でリジに話を振る。
「ね、まったく.. でも私は、ライスに従うよ。ロスさんの遺志を継いだライスがそういうんだもの。それに私は思うの。困ってる人を見捨てたような『形がない宝石』で勇者パーティが助かりたいと思うかしら?」
「だよね、リジ!! さすがだ!」
「 ..ってことだ、スレイ。こいつら馬鹿だろ? まっ、ロスの旦那だってそうしただろうしな..」
「あ、ありがとう」
スレイは子供のように鼻水を垂らしながら泣きじゃくった。
「ライス、リジ、もう一度確認しておくぞ。本当にいいんだな。お前たちの目的を後回しにしても」
「いいよ」「もちろん」
重なった言葉は清々しいほど歯切れが良かった。
「よし、とにかく『形のない宝石』を見つけ出さなきゃ始まらないな。ライス、お前が持ってる『秘想石』の反応はどうだ? 何か宝石の場所を示してはいないか?」
ライスは鞄から秘想石を取り出すとテーブルに乗せた。
「ほら、昼からずっとこんな調子。一応、ぼんやり光っているんだけど、何かが映っているわけでもないんだ。でも、反応しているってことはさ」
「うん。この国にあるってことだよね。マイル、私たちは何をしたらいいかな?」
「そうだなぁ.. まずは島を一周してみるか。秘想石に何か変わった反応があらわれるかもしれないからな」
宿屋モンタジュに戻ると、アシリアとギガウが到着していた。
もちろん、アシリアとギガウはライスの決定に反対することなどなかった。
それよりも、たえず一緒に過ごしていたスレイが相談してくれなかったことを残念に思っていた。
「ギガウ、スレイの気持ちも察してやるんだ。あいつにとってはこの国に渡らなければ始まらないことだったんだ。きっとお前らを利用している罪悪感も相当なものだっただろうよ」
「ごめんなさい、ギガウさん、アシリア」
「私は気にしていない。どの道、ギガウはお前に協力していただろうし。それが早かったか遅かったかだけのこと。そうよね、ギガウ」
「 ..ああ、そうだな。その通りだ」
「よしっ、じゃあこれで満場一致だな。俺はさっそく馬を調達してくる」
「いや、待ってくれ、マイル。ここの薬草は質が悪い。俺は、森でこの地に育つ薬草をひととおり見て来た。効果は通常の半分にも満たない。それでは馬に与えてもすぐに疲れてしまうだろう」
「じゃ、どうする?」
「ライス、ロスさんみたいに何か動物を召喚することはできるか?」
「うん、できるよ。 ただ..」
「ただ?」
「まぁ、やってみるよ。驚かないでね」
六芒星の耳飾りを指ではじいて霊力の解放をすると、ライスは式紙に息を吹きかけた。
式紙が白く輝くと牛みたいな角を持つ馬が2頭召喚された。なんと前足が3本もあるのだ。
— きゅん きゅん
2頭は見た目よりも可愛らしい声と愛らしい眼をしていた。
「きたきたぁ! 久しぶり」
そう言って抱き着くリジであった。
「そ、それは馬なのか?」
「あ、ダメ。この子たち動物と一緒にされると機嫌が悪くなってすねちゃうから。この子たちが何なのかはわからないけど、人の言葉を理解してくれるよ。私とリジは『ティンラ』と呼ぶことにしたわ」
ティンラというのは砂漠の国マガラへの旅の途中、ティンラ村でルシャラが呼び寄せたことに由来した名だった。
「でも2匹だけしかいないぞ」
「いや、いいんだ、マイル。俺とアシリアは他に調べたいことがある。『形のない宝石』の調査は任せるよ」
「2人は何を調べるの?」
「俺たちは父コラカの足取りを追って、キャカの種の在りかを調べたいんだ」
「キャカの木か。だが、あの木は相当前に謎の病気で絶滅したはずだぞ」
「マイル、キャカの木を知っているのか?」
「ああ、俺たち密偵は他国に侵入した際に目的の他に必ず調べなければならないことがあった。女王レミン勅命だ」
—『どんな些細な噂でもいい。「キャカの木」の情報を集めるのだ』
「それであったのか?」
「いや、どの国にも有力な情報はなかったよ。そもそもキャカの木はキャスリン国の固有種だからな。しかし、ギガウ、お前の父親が『キャカの木』に関わっていたのなら、その背後には直接女王レミンが関わっていたはずだぞ」
「そうか.. 生前、父は『南の太陽が火を灯す虹の炎』が忘れられないと言っていた。俺はそれがキャスリン国の景色ではないかと思っている。そこが『キャカの種』に関係する場所だと思っているのだが、マイル、まさかそんな場所知ってたりしないよな」
「いや、知ってるぞ」
「そうだよな、そんな都合よく.. 知ってるのか!?」
「ああ、俺がいて良かったな。そいつは蠟燭岩のことだろう。西の門から海岸線を北に向かってみるんだ。海に大きな岩が立っている。そいつが蝋燭岩だ。ギガウ、蝋燭岩に火が灯るのは夕暮れ時だ」
「そ、そうか。助かったよ、ありがとう」
こうしてライス、リジ、マイル、スレイとアシリア、ギガウの二班に分かれ調査が開始された。「形のない宝石」、そして「キャカの木」の手掛かりを掴むことはできるのだろうか?
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