第18話 少年の影

【前話までのあらすじ】


セレイ村のキース・レックにロスの死を伝えたライス。キースは自分の知りうる限りの『形のない宝石』の情報と推測を語ってくれた。『形のない宝石』に共鳴するもの。それが『秘想石』と知るや、マイルはペドゥル国へと向かった。

◇◇◇


【本編】


—セレイ村—


 リジはキースに基礎的な剣の指導を受けていた。リジの剣技が上達すればするほど、剣に住む精霊の力の鋭さが増すというのだ。


 前にリジが見せてくれた圧縮した空気の球も、リジの剣の上達次第では豆粒ほどまでに圧縮することもできるというのだ。その大きさの違いこそが精度なのだと、キースは説明していた。


 —パシンッ!


 「こら、ライス。お前はキースの生徒ではないだろう! 私の話を聞いていたか?」


 「えっと..」


 「だから、この世界の万物は自然力、魔力のふたつに大別されるのだ。精霊の力はその2つのどちらの要素も持ち合わせている。自然力に全振りしたものが式紙と呼ばれるものだ。これを編み出したリベイルは天才だな。そして魔力に全振りしたものを式神と呼ぶのだ。お前に教えているのは式神のほうだ」


 「式紙が自然力で式神が魔法力.. ですか」


 「リベイルに魔法の精度を上げる時に眉間に集中しろと言われていただろう。そこには魔力の通り道『塵導明(じんどみょう)』がある」


 「塵導明?」


 「そうだ。世界はこの世界だけにあらず。全ての世界を繋ぐ通り道だ。まぁ、難しい名前のことなど忘れろ。とにかく魔力の通り道を良くすれば大きな魔法を使えるようになる」


 「先生、魔法を使うのに何で精霊と契約する必要があるんですか?」


 「精霊の契約というのは、まぁ、こし器みたいなものだ。ライス、お前、料理が好きだと言っていたな」


 「あ、あの.. それは食べることが好きで、作る方ではないです」


 「まぁ、どちらでもいい。お前が、そうだな、ブルカボチャのスープを注文したとしたら、お前はその料理の評価を何処で行う」


 「そうですね.. まずは味とやっぱりあの絹のような滑らかな舌ざわりがたまらないです」


 ライスは料理を思い浮かべると口元がだらしなくなった。


 「こら、よだれを垂らすな。まぁ、私もブルカボチャのスープは大好物だ。あの舌触りをだすには不純物を取り除く『こし器』にかける必要があるんだ」


 「あっ、それなら知ってます。私、手伝ったことあります」


 「つまりな、精霊の契約というのは、その『こし器』のようなものだ。塵導明から流れてくる魔力を『火のこし器』を通せば火属性の魔力が得られる。水精霊と契約すれば、それは『水のこし器』となって水属性の魔力になるんだ」


 「なるほど!」


 「では、物は試しだ。実践をしてみよう。才能ある奴には何かしらの兆候というのがある。まずは手を出せ」


 ライスが手を出すと、ルシャラは何も言わず針でライスの指先を突いた。


 「いたっ! 何するんですか!」


 「この式紙にお前の血を染み込ませるんだ。こうすることによって式神を召喚しやすくなる」


 「ああ、それ、ロスさんがやったことある。黒豹をだしていた」


 「 黒豹? まぁ、いい。式紙でお前が想像する魔獣を創りだすんだ。火炎系の魔法を使うように魔力を練り上げろ。その魔力でお前の式神を出してみろ」


 「んん~..(魔獣.. 魔獣..)」



 —グアアア!! 



 式紙周辺から火を纏った犬の顔が飛び出ると式紙が燃え尽きて消えた!



 —バコッ 



 ルシャラのゲンコツがライスの頭にさく裂!


 「馬鹿もの!! お前何を想像した! 私まで燃えるところだっただろうが! 私の本体が紙なのを忘れるな!」


 「す、すいません。何か火炎系で魔獣を考えていたら昔、施設で読んだ本に書かれた地獄の門番を思い出しちゃって」


 「まったく.. 地獄の門番を思い出す奴があるか。想像するのは別に火炎に属するものじゃなくてもいいんだ。火炎に属するかどうかは結果なのだ。 ..だが筋は悪くないな。今度はもっと小さいのを想像してみろ」


 「はい」


 新しい式紙にライスが集中する。ルシャラは念の為、式紙から距離を置く。


 3,2,1.. ポンッ!


 — キッ キッ クー 


 そこに出現したのはイタチだった。耳と尻尾がうっすらと炎に包まれていた。


 「うほっ! 可愛いのだしたな。しかし妙だな。こいつの炎、黒いぞ」


 黒炎を纏ったイタチは2,3度跳ねると、ルシャラの胸に飛び込んだ。


 「うわぁ! 燃える.. あれ? 燃えないぞ」


 —キキッ  


 イタチは腰を抜かしたルシャラの膝の上でうずくまると消えてしまった。


 「な、なんだ? この炎は」


 「あっ、それはきっとルカの炎ですよ」


 「ルカの炎だと.. 」



 —ルカの炎とは穢れを払う炎。この炎は本来、火炎属ではない。闇属の炎だ—



 「ライス、お前、いつ火炎の精霊と契約をした?」


 「う~ん。実はよく覚えてないんです」



 —ルカの炎は、魔力よりも霊力を使う炎。魔力が強ければ炎は赤く爆ぜ、霊力が強いほど黒く静かに燃える。故に闇属性の魔法使いは滅多にいないのだ。


 そこで、ルシャラは考える『ライスは霊力持ちなのか』と—



 「ライス、場所を変えるぞ。ついて来い」


 ・・・・・・

 ・・


 ルシャラはライスを連れて周りに何もない瓦礫の大地へ行った。


 「ここは?」


 「ここは、昔、冒険者協会があった町の成り果てた場所だ」


 昔とひと言で言ってもルシャラのいう昔は600年以上前の話だ。しかし、この地には草木一本生えていなかった。この地も闇によって穢されている場所だった。


 「お前、ゼロの魔法は知っているだろ。私が良いと言うまで撃ち続けろ」


 「ゼロを?」


 「そうだ。お前、『深淵の指』を相手に放ったのだろ? ここに奴がいると思って、撃ってみろ。さぁ、やるんだ!」


 急に厳しくなったルシャラに戸惑いながらもライスは魔力を集中し放った。


 「ゼロ!」


 瓦礫が跳ね上がり粉砕される。


 ライスはルシャラの顔を見る。


 「そんなものか? 私がやめろと言うまで打ち続けろ。そんなものじゃ『深淵の指』はビクともしないだろ。もっと魔力を練って、何度も何度も放て」



 「—ゼロ! ゼロ! ゼロ .... 」



 ライスはゼロを放つたびに深淵の指・ラムダグの顔を鮮明に思い出す。そして消えて行くロスの姿を..


 ・・

 ・・・・・・


 ゼロは決して小さな魔法ではない。ライスはあの時の自分を悔いる様に何発も何発も撃ち続けた。


 ライスの魔法の威力が弱まり、魔法が安定しなくなってきた。それでもルシャラの号令はない。


 「先生、もうダメです。もう撃てません」


 「もう撃てないだと? 『深淵の指』ごときにリベイルが死んだのは、お前が弱かったからだ」


 「 ..くっ」

 

 ライスは『なぜ今になって、こんな事を言われるのか..』と思った。しかし、事実を突きつけられては言い返すこともできなかった。


 「なら、今度は火炎球を連射しろ。それくらいなら出来るだろ」



 「先生、何でこ—」「黙ってやれ! さっさと放つんだ!」


 ・・・・・・

 ・・


 「—ハァ.. ハァ.. 」


 ライスは膝を着いて、それでも手を前にかざして炎をだそうとするが、もはやロウソクの炎ほどのものしか出せなかった。


 「まぁ、こんなもんか」


 「先生、すいません。 私が弱いから.. 弱いからロスさんが..」


 悔し涙を溜めながらライスはうなだれた。


 「ああ、弱いな。だから、お前は今からとんでもなく強くなるんだ」


 ルシャラは再びライスの指に針を刺すと式紙に血を含ませた。


 「ライス、今一度、イタチの魔獣を呼び寄せてみろ」


 「先生、もう魔力が..」


 「いいから、火炎球を出す感覚でイタチを創造するんだ」


 ライスが集中すると式紙が黒い炎に包まれ、イタチが召喚された。


 イタチはライスに擦り寄ると、トトトと背中から肩に上がり、ライスの顔を舐める。


 「先生.. でました。でもなぜ?」


 「今度は消えないだろ? お前の力が安定したから。その式神はお前の魔力ではなく霊力で召喚されたんだ。今までのお前の力は、魔力と霊力が変に混じりあっていた。だから私はお前の魔力を空に近い状態にした。案の定、混じり気のない霊力だけで、本当の式神が召喚されたんだ」


 「霊力?」


 「ライス、手を出せ」


 「え? また針を刺すんですか?」


 「違う。いいから手を出してみろ」


 ライスが恐る恐る手を出すと、ルシャラは手の甲に六芒星の印を書いた。


 「こいつは、お前の霊力を高める印だ。いいか、今度はこの式紙に向かってゼロを撃つつもりで何かを召喚してみろ」


 ライスは目を閉じて集中した。


 印が書かれた手が黒色の炎に包まれると、式紙に燃え広がった。



 — ザザッ



 ルシャラは乱暴にライスの腕を取り、濡れた布で六芒星の印をふき取った。



 「もういい。ライス、わかったよ」



 ルシャラは見たのだ。黒い炎の奥にいる少年の影を。

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