第6話 手記

【前話までのあらすじ】


闇の従者ラムダグの圧倒的な力には、激昂したライスの魔法ですら歯が立たなかった。ラムダグによるライスへの処刑が開始した時、ロス・ルーラが舞い戻った。ラムダグの発言からロスが伝説の魔術師リベイル・シャルトだと確定すると、ロスは躊躇なく魔法を使いラムダグを打ち破る。ロスは『一緒に居る』という約束を果たせないことを胸の中のライスに謝りながら、風に消えて行った。

◇◇◇


【本編】


 リジの心が急いている。


 ブレンの街から森を抜けると、今まであった果樹園への道が無造作に破壊されまくっていた。


 既にどこからが果樹園なのかもわからないくらいだった。



 『なんなのよ、これ! なんなのよ』リジは何度も心の中で叫んだ。



 馬車を乗り捨てると、悪路を馬に乗り換え走った。


 しばらく走ると土から大きな木枠が飛び出していた。


 馬を飛び降り、素手で掘り返してみると無残に割られた果樹園の看板だった。


 さらに進むと家の残骸が散乱していた。


 「ライス! ロスさん!!」


 リジは叫びながら辺りを探すが見当たらない。


 その時、轟音の後に地面と空気が激しく揺れた。


 果樹園のもっと東側、頭上の積乱雲の中心で、何かが起こっている。


 馬にムチを振るい走る。


 山を周り込むと、雲が不自然に消え、まるで何かの終わりを告げる様に真っ青な空へ変わった。


 丘の上に抱き合う人影が見えると、ひとりが幻のように消えていった。


 —  彼女をたのむ....


 「え!?」


今、リジの横を春の風がすり抜けて行った。



 そして丘の上からは、女の子の大きな泣き声が聞こえてきた。


 ・・・・


 丘の上は隕石でも落ちたように地面が大きくえぐられていた。


 そしてその近くには、触れるだけで壊れてしまいそうなライスの姿があった。


 「ライス?」


 リジは馬を降り、彼女に近づいた。


 ただただ泣きじゃくるライスにかける言葉を見失ったリジは、そっとライスを抱きしめた。


 ライスはリジの胸に顔をうずめた。



 やがて泣き止んだライスは、そのままリジの胸で眠りについた。


 「ライス..」


 そのライスの顔を見ただけで今、ここで何があったのかが想像できた。


 そして、そんなライスの心を想うとリジの瞳にも涙が溢れた。



 しばらく、リジは胸の中でライスを休息やすませた。



 ・・・・・・

 ・・


 息を吹き返すように目を覚ましたライスの瞳は焦点が合っていなかった。


 リジは少し強めに彼女の名を呼んだ。


 「ライス!!」


 「 ぁ.. リジ.. 」


 「ライス、何があったの?」


 「リジ、リジ.. ロスさんが! ロスさんが消えちゃった.. 消えちゃったんだ」


 ライスは地面に両手を付けると、土を握り締めた。

 

 「落ち着いてライス..」


 「あいつらが突然現れたんだ」


 「あいつら?」


 「あいつ『深淵の指』って言っていた。そして私に『リベイルはどこだ!』って」


 「リベイル? いったい誰の事?」


 ライスの説明は断片的で理解することが難しかった。


 リジは彼女の心が落ち着いてからの方がよいと判断した。


 「さっ、ライス、取り敢えず、私と一緒にブレンの街へ行こう」


 「.. あっ 本っ! 本はどこ?」


 ライスは辺りを四つん這いになりながら必死に探している。


 「本てこの籠にある本のこと?」


 「あっ、あぁ....」


 籠の中の本を確認すると、勢いよく本を胸に抱きしめてライスは固まった。


 「ライス、大丈夫だよ。誰も盗ったりしないから..」


 「 ぅ.. ぅぅ....」


 やっとライスを馬に乗せると、リジは彼女が落ちないように抱きかかえながら馬を歩かせだ。


 馬車に乗り換えると、荷台の上でライスは再び眠りについた。リジは積んでいた毛布で彼女を包むとブレンの街へ急いだ。


 ・・・・・・

 ・・


 —ヴァン国 ブレンの街—


 リジはコーグレン家の所有する別宅に着くと彼女を抱きかかえ寝室まで運んだ。


 リジは時々、様子をうかがいに来たが、彼女の眠りは深かった。


 『もうこのまま起きることはないのではないか?』と心配になるほどライスはよく眠った。


 布団を掛けなおす時、リジは彼女が抱える本を手に取ろうと指を掛けた。


 一瞬、少し指をとめたが、それを手に取ると本を開いて見た。


 一冊は、『魔法の書』であった。


 そこには多くの呪文と研究の過程や結果、それによる身体への負担なども詳しく書き記されていた。


 リジの心を騒がせたのはもう一冊の本だった。


 ライスが『宝の場所を示す本』と思い込んでいたものは、全くそんなものではなかったのだ。


 手記だ。彼の記録だった。


 そこには闇の覇王との闘いから後に起きた事柄が書かれていた。


 そして闘いに勝利した勇者パーティの末路が書き連ねられていたのだ。


 最初の数ページは、魔術師リベイルの後悔で埋め尽くされていた。


 『あの時、こうしていれば.. もっと違う方法があったはず..』


 しかし、後悔の大半は、自分だけが防御魔球で身を守った事への懺悔が書かれていた。


 『今、思えば、私はただ恐怖して、仲間を見捨てたのではないのか..』

  

 それを読むだけで心が痛くなるほど、彼の後悔の念は凄まじいものだった。


 そしてリベイルが禁慰をおかしたのだ。


 『秘匿の鍵箱』という魔法を自分の魂に掛けたのだ。それは制約魔法だった。


 制約は『自分の存在を世界から消しさる』ことだった。


 しかし、それはこの世界では魔法を禁じることと同義だった。なぜなら、魔法を使えば精霊が彼の名を認知してしまうからだ。精霊は去り際に必ず魔法を使った者の名を世界に刻むのだ。


 その瞬間に制約は破られてしまう。それは『秘匿の鍵箱』の箱を開けてしまうことなのだ。


 鍵箱から取り出された魂は、その瞬間に「本来、刻むべき時」を刻むことになる。


 年を取るか、消滅してしまうか..


 では、なぜリベイルがそのような事を行ったのか。


 それは、仲間の呪いを解くためだった。


 覇王から抜け出した漆黒の闇に喰われた魂は、ひとつとなる。融合されてしまうのだ。そうなればもう切り離すことはできない。融合された仲間の魂は永遠に闇に飴のようにしゃぶられてしまうのだ。


 リベイルは探した。何年も何十年も探し続けた。融合された魂を切り離す方法を。


 そして見つけたのだ。


 そのモノの名は『形のない宝石』。


 心からの願いを叶える宝石。宝石はその願いによって形を変える。ある時は騎士の剣、ある時は水瓶になることもある。それを欲する者の願いに応じて形を変える世界に数個しか存在しないと言われる神の忘れ物。


 宝石は願いの重さを計るため、願う者の魂を取り込むのだ。


 それこそが融合した魂を切り離す方法だ。


 そこにはリベイルの歓喜の言葉も記されていた。


 そして、同時に解き放たれた漆黒の闇についての懸念も綴られていた。


 リジは手記のページをめくった。

 ===


 私は待たなければならない。


 仲間の呪いを解いた後に再び復活するであろう『闇の覇王』。


 それを打ち破る者たちを。


 何時になるかはわからないが、きっと現れるはずだ。


 私を越える魔法使いが..


 ===


 そしてページの最後はこのような一文で締めくくられていた。



 『女神レイスよ、君を裏切る行為をした。すまないと思っている』

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