第4話 リベイルの鐘の音に現れし者
【前話までのあらすじ】
まだ少し寒い春の夜、澄んだ空に美しい星々が煌めいている。ベンチに座る2人は、お互い人の温もりを感じながら穏やかな時を過ごす。胸の中で眠るライスに唇を当てながら、この先の危険な旅をひとりで行こうと決めるロス・ルーラだった。
◇◇◇
【本編】
朝、ライスは悪夢から後の出来事も実は夢だったのではないか と記憶を辿ってみたりした。
何せ、17歳のライスには今まで経験したことのない甘酸っぱい夜だったのだから。
肩にかけられた腕から伝わる温もりを思い返すと頬が紅潮し、自然と笑みが漏れだしてしまう。
そして、『もっともっと成長してロスの期待に応えなきゃ』と決意をしたのだった。
「ライス、ライス!」
「はい、はぁい!」
1階のロスの声に階段を駆け下りる。
「ライス! おはよう」
「あぁぁ、おはよう ..ロスさん」
挨拶の時、ライスの鼻をくすぐるのは朝食の香りだ。
ロスが作る料理はライスが今まで食べたことがないものが多かった。
その中でも朝食の定番である焼いた卵をふわふわに解いた『スクランブルエッグ』という料理はライスの大好物だ。
苦いマメを煮出してミルクを入れた飲み物とパンの香ばしい香り。
そして食卓の前にはロス・ルーラがいる。
「ライス、今日はペドゥル国に行ってくるよ」
「え、ペドゥル国に? じゃ、支度しないとね」
「あ、それなんだけど果物組合の会合だから、俺だけで大丈夫だよ」
「そうなんだ..」
ライスは『一緒に行くぞ』と言う声が聞きたかった。
「今日は畑で行う仕事も少ないから見回りしたらゆっくり休んでいてくれ」
「うん、わかったよ」
「 ..そうだ。森でアシリアに声をかけてみたらどうだ?」
「そうだね」
実は、森でアシリアを呼んでみても彼女が姿を現さないことは知っていた。彼女は少し前に旅に出るようなことを言っていたのだ。
朝食を済ませると、さっそくロスは旅の荷物を馬に乗せた。
出発する後ろ姿をみると居たたまれないほどの寂しさを覚えた。
しかし、笑顔のロスが振り向きざまに『行ってくるよ』と言うと、ライスはその寂しさを無理やり心の中に押し込めた。
「いってらっしゃい! 早く帰ってきてね」
「ああ」
ロスの姿が見えなくなるまでライスはそこにたたずんでいた。
森の中にロスの姿が溶けていくと、ライスは顔をはたいた。
そして思ったのだ。
—そうだ! 帰ってきたロスさんをびっくりさせよう。祠の中の古文書の魔法を披露して!
ライスはさっそく東区域にある祠へ馬を走らせた。
・・・・・・
・・
祠に来たのはこれで3度目だった。
いつもはロスの目を盗んで訪れていたが、今日はそれを気にすることはない。
ここにある古文書から、魔法のひとつでも見つけようと思っていた。
本棚がある小部屋は、化け物の石像の横を通らなければならない。
この悲痛を訴える人間の眼をしたような化け物像から顔を背けると、速足で駆け抜け小部屋に飛び込んだ。
「さぁて、じっくり探してやるぞぉ、覚悟しろ」
片手にランプを持って本を探していたが、本の表紙の字も長い年月の間に風化してしまい、何とも読みづらい。
「えっと..『 のない宝 』? 宝の在りかとか書いてあるのかな? これはリジと見よう」
ランプが揺らめくたびに文字が浮かんでは消える。
「あ、そっか。火炎球で照らせばいいんだ!」
[—メドレス—]
詠唱すると火炎球があらわれた。
その魔法に呼応したように1冊の本が光った気がした。
ライスはその本を棚から取り出し中を見た。
そこにはたくさんの呪文と言葉の組み合わせなどが解説つきで書かれていた。
そして呪文は土・火・空・水・闇の5属性ごとにかき分けられていた。
「これは、本当の『魔法の書』だ!」
ライスはその場で少し読んだ。
—— 魔法により火力の変化は「メドレス」を発展させれば問題はないだろう。しかし威力を重視するなら爆発させるべきだ。その為には空気の圧縮を...
——
ローキに聞いても教えないだろう。彼らは極力、人には関わろうとしない。愚痴っても仕方がない..
——
ローキがヒントをくれた。呪文は結果を導くきっかけだと。肝心なのは結果を思い描くこと。結果を想像できる言葉がきっかけとなる。
結果..凄い威力で爆発したらどうなる。 全てなくなる..ゼロだ...
——
「これはロスさんが教えてくれた魔法だ..」
ライスは『魔法の書』と『宝を示す本』の2冊を持って外に出た。
引き続き、木陰に座り『魔法の書』に夢中になるライス。
空を見つめてライスは思った。
「(私が使える魔法は火炎系だけだ。どうせ他の属性は仕えないんだよな)」
パラパラとページをめくると、裏表紙にひとつ属性を示さない呪文があった。
ライスは、自分が使える呪文かを試したくてそれを口にした。
[ — ハシルシド・クリルレイ — ]
雲の向こうが大きく光ると、空から大きな鐘の音が響き渡った。
「鐘の音? でも、何にも起きないなぁ.. やっぱり私には使えない魔法なのかな」
ライスは2冊の本を鞄にしまうと、そのまま東地区の畑の見回りをするため馬に跨った。
広い畑の見回りが終ろうとする頃、山の木々から鴉の鳴き声が響き渡る。
それはまるで叫び声のようにも聞こえた。
「(なんだろう..)」
ライスの心はザワザワと落ち着かず、なるべく早くここから遠ざかりたい気持ちになった。
見回りを切り上げて、家の方へ手綱をひくと、馬が急に鼻息荒く興奮しはじめる。
「ドウ、ドウ」と馬の首を撫でながら落ち着かせると、辺りはまるで帳が降りたように暗くなっていた。
空にはまるでこの大地を吸い込んでしまいそうなほどの巨大積乱雲が広がっていたのだ。
その暗さがライスは怖かった。
このまま闇に包まれてしまいそうだ。
『ロスさん..』ライスはロスの名をつぶやいていた。こんな時はいつだってロスがライスを支えてくれていた。
バキバキと畑から音がする。
それはブレン桃の根が割れていく音だった。
その音は次第に近づいてくる。
そしてライスの前で止まった。
一瞬の静寂の後に大きく地が盛り上がると地面がはじけ飛んだ。
「きさまはダレだ? あいつはドコだ?」
その半獣から放たれるのは瘴気。それがライスを締め付けていた。
そして、その禍々しい圧倒的な魔力。
恐怖を覚えるほどの力の差に、ライスは言葉を発することすら出来ない。
『い..いやだ..』やっとのことで絞り出した言葉は、その半獣を拒否する言葉だった。
「ムシ、答えろ。我らにタテ突くあいつはいるのだろ?」
「だ、だれ..だれのこと?」
「あのくそったれな魔術師、リベイルだぁあ!」
半獣が片手を振ると風が刃物のようになり、辺り一面のブレン桃の木を切り倒した。
「ムシ、お前もこうなりたいか?」
「知らないよ..リベイルなんて知らない」
「とぼけるな、あの忌々しい『リベイルの鐘』は、奴の宣戦布告だろうがぁああ」
何てことだろうか。ライスが唱えた魔法の書の裏表紙に書かれた呪文は、愛する者たちへ祝福を与えるための魔法。しかし裏を返せば、闇を追い払う退魔の魔法なのだ。
大概の『闇の従者』ならば、その鐘の音に尻尾を巻いて逃げていく。
だが、それが効かない闇もいる。
この古の『闇の従者ラムダグ』のような強者には。
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