第2話 それぞれの再出発
【前話までのあらすじ】
ワイズ・コーグレン事件が解決されてから四か月間、ライス・レイシャは『ロスのすごい果樹園』に身を置き働いていた。また、ロス・ルーラから魔法の指導もしてもらい、魔法の質は高水準に達していた。そんな平和な日常に興信所のマイルから『形のない宝石』に関する有力な情報が舞い込んだのだった。
◇◇◇
【本編】
リジ・コーグレンは祖父ワイズの誘拐事件で多くの事を学んだ。
それは自分自身が横暴で我儘であったこと、そして目を背けたくなるような人間の歪んだ黒い部分も見た。
しかし、それにも負けない勇気や思いやり、他人のために流す涙をより多く学んだのだ。
この数十日はリジの精神に何年分にも匹敵する成長を促した。
そして上位魔獣や闇の従者との激しい闘いで、リジの剣の腕前や見切りの力も磨かれていた。
ゆえに、リジは自分の未熟さに気が付いてしまうのだった。
聖剣『聖なる空の剣』は実に素晴らしい剣だ。しかし、17歳のリジには実戦で使うには少し重すぎた。闘いが長引くほど、腕に負担が重なり続けるのだ。
奇しくも、戦闘中、剣先が折れたことによって、リジの太刀筋は格段に鋭くなった。
事件からふた月ほど経ったある日、リジはひとりでセレイ村へ向かった。
「あっ、メイド服のお姉ちゃんだ!」
「ほんとうだ! おねぇちゃん!」
セレイ村の子供たちの歓迎の声はいつでもリジの心をはずませた。
「やぁ、君たち、元気だったかい。これ、おみやげだよ」
「うわぁ。ありがとう! おねぇちゃん大好き!」
リジが持ってきたおみやげは、ロスの果物を干したお菓子と、逆にシロップに漬けた瑞々しい果肉の瓶詰めだった。
子供は大喜びで親に頼んで、『歓迎のお茶の時間』が始まった。
「ずいぶん子供の扱いになれたようだな、リジ・コーグレン」
「キースさん、お久しぶりです」
リジは背中を向けたままキースにあいさつした。
「ほぅ.. 鍛錬を積んでいるな」
「なぜ、そう思うのですか?」
「声の波長や心拍から、君は俺が声をかける前から気配を感じ取っていただろう。ロスでさえ、俺には気が付かないことがあるんだぜ」
「買いかぶりすぎですよ。たまたまです」
リジは振り返るとキースと目を合わせた。
「ふふふ。子供と青田はなんとやらだな。久しぶりに見るな、若者のそのように輝く瞳は.. で、俺に用事があるのだろう?」
「前に私の剣を直してくれると言いましたよね」
「ああ、言ったな。剣先がそんなに欠けていちゃあ不便だろ? しかし君は断った」
「はい。折れた剣は自分への戒めと受け止めました。しかし実際は、剣先が折れたことで剣を振りやすくなったこともあったのです」
「そうか、バランスか」
「はい。今、折れたこの剣の重さが私には最適なんです。ですので、この剣を治すのではなく、新しく作り直してもらえませんか?」
「ははは。悪いことした。実はあの時、直すといいながら別の剣を売ろうと思ってたんだよ。俺は鍛冶なんてできないんだ」
「でも、あなたは剣士だ」
その時、軽薄に笑っていたキースの顔つきが変わった。
「なぜ、そう思った」
「あなたの手を見れば、剣士なら気が付きます」
「ふんっ、未熟の証だ」
キースは自分の手を広げ見る。
「私にはそうは思えない。私はロスさんの過去に何があったか知らない。だけど、あの人はただ者ではない。さきほどのあなたの眼は、時折見せるロスさんと同じものだった」
「ふっ、これ以上、想像を膨らまされてもかなわないな。まぁ、知り合いに頼んでやるぜ。お前さんは金の取りっぱぐれのない名家だしな。2カ月待っていろ。精霊を移すエルフの巫女も探さなきゃいけないからな。昔は良い巫女がいたんだが..」
「ありがとうございます!!」
リジは話が付くと急に17歳の女の子らしい元気なお礼を言ってみせた。
「俺ゃ、どう反応すりゃいいんだ....」
そんなキースを見るとリジは飛び切り明るい笑顔を見せた。
**
—北の山の麓 キズ村—
「ギガウ..」
狩りをしていたギガウの前に現れたのはエルフの殺し屋『氷のアシリア』だった。
「ライスから聞いたよ。お父上のことは残念だったな」
「ああ。でも、最後は誇らしい顔をして逝ったよ。それにしてもお前からそんな言葉をもらえるとは意外だ」
「チャカス族は人族とはいえ、我々に近い存在だ」
「そうか、ありがとう.. でも、どうしたんだ、アシリア?」
「 ..いや、お悔やみの言葉を伝えに来ただけだ」
アシリアは真意を飲みこみ、今の言葉を伝えると姿を消そうとした。
「待て! アシリア! 俺たちは仲間だろ? 俺はお前の頼みならどんな頼みだろうが断る気はない」
「ギガウ、妙な質問かもしれないが、『呼吸ができる木』というものを知っているか? 森で暮らす私ですら聞いたことないのだが..」
「ああ、それなら知っている。それは『キャカ』という木だ。南の島にある『王国キャスリン」に生息していた」
「本当か? なるほど.. 海を隔てた島の木か。それならば、エルフの私が知らないはずだ。それで、それはどのような木なのだ?」
「いや、俺も実際に見たことはない。若い頃の親父が最後の『キャカ』の種を育てるため、土地を清めたんだ。しかし、種はすでに死んでいた。『キャカ』は育たなかった」
「そうか..残念だ」
「確か、親父はこう言っていた。『命は苦難を乗り越え、必ず自分の地に寄り添う』と」
「地の精霊に近しいチャカス族らしい精神論だな」
「いや、待て、アシリア。親父はそんな精神論は言わない男だ。親父は金、女を好むチャカス族としては稀な男だ。だからこそ現実主義でもあった。 あの時..親父は『キャカ』は絶滅したとは言わなかった。もしかしたら親父は島で『キャカ』のわずかな生命力を感じたのかもしれない」
「..なるほどな」
「もしも、探すならば、手伝うぞ。俺にはここに居る理由もない。それに親父が歩いた道をいくのも一興だ」
「いいのか?」
「お前、少しはそれを期待していたんだろう? 旅をするとなると、人と関わらざるを得ないだろ。いいさ、俺を使え」
「礼を言う。チャカス族の戦士ギガウよ」
アシリアはギガウの胸に手を置いた。
「では、出発は明後日だ。私が迎えに来る」
「わかった。俺は馬を用意しておこう」
こうして、エルフのアシリアとチャカス族のギガウは島の王国『キャスリン』を目指すことになった。
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