果樹園の魔法使い~形のない宝石を求めて 2巻

こんぎつね

3章 甘い果実のような日々

第1話 春の兆し

【はじめに】

この作品は、「果樹園の魔法使い~形のない宝石を求めて 1巻」の続編となります。前作をお読みになっていない方は、ぜひ1巻からお読みいただければと思います。前作をお読みになった方には、この続きを楽しんでいただけると幸いです。


1巻と同様に、この2巻も魔法と冒険とミステリーに富んだ物語になっています。どうぞお楽しみください♪

◇◇◇


【本編】


 季節は初春。


 はち切れんばかりの蕾のついた枝。果樹園には生命の息吹がそこかしこに空を仰いでいる。


 『ロスのすごい果樹園』でライス・レイシャが働き始めて4カ月が経過していた。


 今回、土の再生にはギガウの力を借りていた。地の精霊に愛されるギガウが手を突けば、大地は豊潤な香りと弾け飛ぶような活力であふれるのだ。


 「ねぇ、ロスさん、もうギガウをこの果樹園で雇っちゃったら? 最強だよ」


 「ああ、それもいいかもな。だけど君もちゃんと働くんだ! ほら、この肥料を東側の区画に心を込めて撒くんだぞ」


 「はい、はい」


 『まったく、魔法使えばいいのに』とぶつぶつ言いながらライスは荷車を掴んで足を踏ん張る。


 「いいかぁ! 魔法を使うなよ。体を使って愛情を込めるんだぞ!」


 意外にもロス・ルーラは職人気質なところがあった。


 ライスは手を大きく上げて返事をした。



 この4カ月で畑仕事に馴染んだライスだったが、彼女はそればかりをしていたわけではない。


 ロスの指導の下、魔力コントロールの訓練をしていた。


 訓練は意外に地味で、大小のツタの輪を釣るし、ツタを焼き切ることなく大きさを自在に変えて通過させるものだった。


 最初はゆっくりのペースから徐々にスピードを速くさせる。


 この訓練をライスは毎日、ロスにやらされていた。


 ツタを一度でも焼き切れば、食事抜きというライスにはもっとも厳しい罰を与えられるのだ。そりゃ、ライスも一生懸命になる。


 しかし、そのおかげで正確性と俊敏性、そして、時にロスが仕掛ける罠にも柔軟に対応することができるようになった。


 今では火球を狐や虎といった動物の形に変化させることも可能となっていた。


 これらは式紙しきがみの白狐や白虎からヒントを得たライスのオリジナルだった。


 いつしか火龍を披露した日には、『龍というより蛇だな』と笑われ、一晩中、機嫌を損ねたこともあった。


 目覚ましく魔力コントロールを上達させたライスだが、相変わらず火属性の精霊以外はライスと契約をしてくれないようだった。


 契約しないというよりも精霊が躊躇しているようにも思えた。


 その原因はさすがのロスにもはっきりとわからなかった。


 自分でも腕をあげたと実感するライスだったが、ロスの訓練にはひとつだけ不満があった。


 火属性魔法しか使えなくても極大魔法というものを使ってみたい。それはどんな魔法使いでも夢見ることのひとつなのだ。


 しかし、ロスはそんな大きな魔法は教えてくれない。


 『いいかい、ライス。大魔法よりも大切なのは通常魔法の使い方だよ』


 いつもこの言葉で話を打ち切られてしまう。


 だが、ライスはこの前、偶然にも見つけてしまったのだ。


 果樹園の東の区画の山の斜面に隠してあるように存在する祠を。


 その祠の奥には、ロスの集めたと思われる古文書が並べられていた。


 きっと古の魔法の本も置いてあるに違いない。ライスの期待は高まりを抑えきれない。


 堆肥を積んだ荷車を曳きながら、『今日は祠から必ずそんな本を見つけ出してみせる』と思うライスだった。


 ・・・・・・

 ・・


 ライスが遠く東区画に出ている時を見定めて、ある人物が来園した。


 ペドゥル国で興信所を営むマイル・レッテだ。


 「よう! ロスの旦那」


 「どうしたんだ、マイル。定期報告の日にしては早いじゃないか?」


 手拭いで汗を拭くと、桶に溜めた水で手を洗うロス。


 「ふふ..何で早く来たのかは、わかるだろ?」


 桶の中のロスの手が止まった。


 「見つかったのか!!」


 「ああ、見つけてやったぜ。その『形のない宝石』ってやつを見た華貴族をな」


 「その人と会わせてくれ!」


 「いろいろ世話になった旦那の頼みだ。すぐにでも段取りを組みたい所なのだがね、実は、これが必要なんだ」


 マイルは指で円を作った。


 「金なら十分に支払ったはずだが..」


 「いや、勘違いしないでくれ。俺にじゃない。その華貴族の名はラリホ・ポーラという未亡人だ。だが、ちょっと今、厄介なところにいるんだ。彼女の亡き亭主の名はデイル・バス。あんたが会ったこともあるセシル・バスの父親だ」


 セシル・バスとはペドゥル国御三家のひとつバス家の主。ペドゥル国でロスとライスが参加した『秘想石品評会』を主宰した人物だ。


 「御三家か。ということは..」


 「ああ、ラリホ・ポーラの以前の名はラリホ・バス。つまりバス家だ。その為、今はカシュー国で幽閉されている。俺はこの情報を掴むため、かなり金をばらまいた。旦那からもらった金もほぼ使っちまった。ラリホ・ポーラに会うためにはさらに金が必要なんだ。わかるだろ?」


 「わかった」


 ロスは自宅のポーチの板を外すと中へ入った。そこから麻袋を持ってきた。


 「これで足りるか?」


 両手で抱えるほどの麻袋には、ぎっしりと魔石が入っていた。


 その中には高価な黄色魔石と七色魔石もたくさん入っていた。


 「こ、こりゃ、すげぇ.. 十分だ。どうしたんだ、こんなにたくさん?」


 「ラクル地区の合宿訓練でライスが倒した魔獣や上位魔獣どもだ」


 「この魔石もすごいが、あの嬢ちゃんがか.. あんたどんな訓練させてるんだ?」


 「なに、600年前には盛んに行われていた訓練さ」


 それはラクル地区で一日最低10匹の魔獣を感知し、倒す訓練だった。


 主にこの訓練は微小な魔素感知能力を高める訓練だった。


 この訓練により魔力の素になる魔素を明確に感じ取り、魔法の根本的な質を高めることが出来るのだ。


 ライスはこの地味で過酷な訓練を丸々ひと月やらされたのだ。


 麻袋を馬に積むとマイルは言った。


 「旦那、10日待ってくれ。必ずラリホ・ポーラに会えるようにしてやるぜ」


 そう約束すると、踵を返し、馬を走らせた。

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