似合わないスーツ6

 そして迎えた今日、塚本さんは吉村さんの家に行き、自分はしばらく顔を出せないので詐欺に注意するように伝えた。そして帰る途中、塚本さんを追って来た吉村さんに捕まり、現金の入った封筒を押し付けられた。今までお世話になったから、受け取って欲しいと。中には、百万円程が入っているようだった。

 塚本さんは、こんな大金受け取れないと、封筒を返そうとした。そして封筒を押し付け合っている内に、私達と出くわしたという事だった。


「……詐欺グループの事を通報せずに、しかもお金を返す為とはいえ、ばあちゃんを騙して……本当に申し訳ないと思ってます」

 そう言って、塚本さんは項垂れた。

「そうだったのか……。こういう場合、大学が君をどう扱うか、私にもわからないが……退学にならない事を祈るよ」

 久住さんが静かに言った。

「ありがとうございます、久住先生……」


「それにしても……どうして吉村さんは塚本さんの事を『しょうちゃん』って言ったんでしょう?認知症……ではないですよね」

 私は、そう言って考え込んでしまった。

「ばあちゃんは血圧の薬とか心臓の薬を飲んでいたけど、飲み忘れる事はほとんど無かったし、脳卒中の症状が出た事もないから、脳の血管の状態が悪い事による認知症の可能性は低いんじゃないかな……俺は医者じゃないんで、確信は出来ませんけど」

 続けて塚本さんは言った。吉村さんは、今日まで自分の事をちゃんと「けんちゃん」と呼んでいた。アルツハイマー型の認知症はゆっくりと進行する傾向にあるから、急に「しょうちゃん」と呼び始めた今回のケースはそれに当てはまらないのではないかと。


「随分詳しいんだね。医学部ではないんでしょう?」

 涼太君が穏やかな口調で聞いた。

「……翔太の両親は忙しく仕事してるし、翔太は一人暮らしをして遠くの大学に通ってるから、俺がばあちゃんの健康を気遣ってやらないといけないと思って、調べたんです。……ばあちゃん、最近あまり翔太と話せてなかったから、少し寂しそうだったな……」


 しばらく沈黙が流れた後、涼太君がぽつりと言った。

「……もしかしたら、わかっていたのかもしれないな……」

「どういう事?」

 私は、首を傾げて聞いた。

「吉村さんは、自分が詐欺に遭っていて、塚本さんがお金を返してくれている事に気付いていたのかもしれない。それでも、塚本さんとの交流を続けたくて知らない振りをしていたのかも。翔太さんと離れていて寂しかったようだしね……」

「じゃあ、吉村さんが『しょうちゃん』って言ったのは……」

「塚本さんが自分の孫だと僕達に思わせる為……塚本さんの事を不審に思われない為だと思う」

「……ばあちゃん……」

 塚本さんの目には、涙が浮かんでいた。


 しばらくして、吉村さんが診察室から出てきた。公園で狭心症の発作を起こしたものの、入院の必要は無いようだ。塚本さんは、改めて吉村さんに騙していた事を謝罪していた。


 しばらくして、久住さん、涼太君、私の三人はまた公園のベンチに腰かけていた。塚本さんが警察署に行くと言うので、付き添った後だった。今頃、詐欺グループについて証言しているだろうか。

「塚本君があんな問題を抱えているとは知らなかったな……君達にも迷惑かけたね」

「いえ、吉村さんが無事で良かったです」

 久住さんの言葉を聞き、私はそう言って微笑んだ。

「君達は、これからどうするつもりなのかな?」

「明日、『パラディソ』の元従業員の高橋綾美さんに話を聞く予定です」

「ああ、あの人……旧姓は伊藤だったかな。あの人からは、あまり有益な話を聞けないかもしれないな」

「何故ですか?」

 私の質問に、久住さんは一言だけ答えた。

「あの人は……乃利子さんの事を、嫌っていたからね」


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