最期の言葉

ミクラ レイコ

最期の言葉1

 三月の肌寒い空気が漂うある日、私、篠宮美也子は東京の下町にある駅を訪れていた。賑やかな駅舎の中をうろついていると、電車が到着したアナウンスが流れる。私は、改札口に目を向けた。


 しばらくして、電車から降りて来たらしい人達が次々と改札口から出てくる。その中の一人を見て、私は頬を緩ませた。

 少し癖のあるショートカットの黒髪。眼鏡の奥から覗く優しそうな瞳。間違いなく彼は小峰涼太。私がずっと会いたかった人。


「あ、美也子ちゃん」

 涼太君は、私を見つけると微笑んで近付いてきた。

「久しぶり」

「久しぶり……涼太君」


 私達はしばらくの間見つめ合った。夏希ちゃんの事件が解決した夏から約七か月。その間、涼太君と電話で話したりはしたが、直接会ったのは年末年始の帰省の時の一度だけ。こうして目の前に本人がいると、感慨深いものがある。


「……じゃあ、行こうか」

「うん……場所は調べてあるから、私が案内するね」

 そう言って、私達は歩き出した。私はベージュのコート、涼太君は黒いコートを着ているが、やはり外は肌寒い。


「……おばあさんの事、残念だったね」

「……うん」

 涼太君の言葉に、私は俯いて応えた。


 私の祖母、篠宮乃利子のりこは、約二か月前に病気で亡くなった。八十五歳だった。病院で祖母を看取ったのは、私と私の両親の三人。

 私達が病室に入った時、ベッドに横たわる祖母は、もう意識が朦朧としている様子だった。私達は沈痛な面持ちで祖母を見つめていたが、しばらくすると祖母は不意に呟いた。

「……ごめんなさい、あなたに……罪を……背負わせて……しまって」

 祖母の目からは、涙が溢れていた。そして、その数分後祖母は息を引き取った。


 祖母の葬儀が終わって落ち着いた頃、私は祖母の最期の言葉が気になった。両親に心当たりがあるか聞いてみたが、両親共、罪を背負うという言葉で思いつく事は無いとの事だった。

 しかし、祖母の遺品を整理している内にわかった事がある。祖母は、十八歳の時に田舎から上京してきたのだが、上京して一年程経った頃に、殺人事件の第一発見者になっていた。事件が起こって一か月もしない内に田舎に帰り、祖父と結婚したらしいが。


「……ここだよ」

私は、足を止めて涼太君に言った。

 目の前にあるのは、シャッターが下りた古びたビル。六十六年前に事件が起こった後もずっとこの場所にあるビルだが、やはりさびれている。ベージュ色の壁には、所々ひびが入っていた。

 このビルの一階は、現在名前を聞いた事も無い会社のオフィスになっているが、かつてはスナックだった。そして、当時祖母は、そのスナックに勤めていた。

「ここで事件が起こったんだね」

「うん……」


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