第61話 怒る令嬢 アン・ロマーナ
私は視線を逸らせる。すると、ニコラが駆けよってくれて、手を差し伸べてくれている。
彼女の力では、支えられそうにないので自ら立ち上がる。彼女は、それがお気に召さなかったようである。
「ありがとう。ニコラ」
そして、彼女の手を握ると機嫌を良くしてくれる。
「うん」
私は四人を一人ずつ見るが、アンが私に敵意むき出しのように感じる。今日、初めて会って、会話すらしていないのに理解に苦しむ。
彼女はニコラを優しい目で見つめている。そういうことかと思う。マチルダは、とても気まずそうである。しばらく沈黙が続いている。
「あら、マチルダさん。お久しぶりですわ」
「えぇ、ユリアさん」
「採寸は
「今来たところですの」
「あら、そうなの? ごゆっくりどうぞ」
「いえいえ、ユリアさんたちを待たせてしまっては申し訳ないわ」
「あらっ、私が急かしてしまっているみたい」
「そんなことは、ありませんわ。ユリアさん」
「あらっ、私の考えすぎだったみたい」
私は二人の取り留めのない会話に背筋が凍る。それは、私だけが感知できる能力なのかも知れない。
ニコラが手を強く握ってきた。私は、どうしたのだろうと、彼女を見ると片方の手でしゃがむように促している。
私が彼女の動作に従うと耳元で囁く。彼女は嬉しそうに話してくれている。その内容はアンから聞いたことであった。
それは、マチルダが何時間も同じやり取りを繰り返しているとの言う事である。採寸に納得がいかないそうだ。何度も測り直させて、その度に罵声を浴びせているとのことである。
彼女は自分の言うサイズに近づけたいらしい。それだと、店の者は着ることはできないと説得しているそうだ。彼女は決して譲らないそうだ。
その揺るがない理由が彼女の行きつけの店では、そのサイズで新調しているというのだ。私は、ふと思う。見えない力が動いていることに。
アンは、そのやり取りが面白かった。ここは王国唯一の舞踏会のドレスの専門店だそうである。他の店の者が彼女に気を遣い、採寸を勧めてきたが断ったというのだ。
彼女は、しばらくすれば終わると思っていた。しかし、今では、そうしたことを深く後悔しているという。
もう帰ろうとして、眠そうにしていた所に、私たちが現れたそうだ。朝会ったときから考えると、どの位経っているのだろう。
「ところで、ユリアさん。どうして、エリーザさんと御一緒いるのかしら?」
「たまたま、外で御一緒しまして、お誘いしましたの」
「あら、そうなんですね」
ユリアの言っていることは、嘘ではないが人が悪いと思う。彼女はマチルダとの会話を楽しんでいる。マチルダは店の者との会話に戻る。
「何度も言っているけど、どういうことなの? あなた、私が嘘を言っているとでも、言うのかしら?」
「決して、そのようなことは、ありません。マチルダ様」
彼女は、どうも納得がいかないようだ。それを見守っているとアンが私たちの所に歩いてくる。私は身構える。
彼女は私たちの前で止まると、指を差している。その先を見ると私とニコラが手を握っているのが、お気に召さないようである。
ニコラが手を握り返している。それが、アンの怒りに油を注いでしまったようだ。彼女は詠唱を始める。
私は咄嗟にユリアとエリーザを見る。彼女たちは、マチルダたちのやり取りに夢中なご様子である。
私は彼女の攻撃を受けても、恐らく何ともない。しかし、私の巻き添えをニコラが、受けてしまっては大変である。彼女は怒りのあまり、我を失っているようだ。
「ニコラ。アン様が、お話ししたがっているよ」
「そうなの? お兄ちゃん。もっとお話ししようと思っていたのに」
私はアンを見るが、その表情は殺意に満ちている。手をつないだけで、この対応なら先程の抱きかかえは、それどころでは無かったのだろう。
巡り合わせに感謝する。四令嬢総てに嫌われているなんて、光栄なことなのかも知れないと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます