沈痛な使用人とポンコツな4人の貴族令嬢~ご令嬢に魔法を喰らい続けたら体に異変をきたしました~

涼風雫

第1章 使用人と四人の御令嬢

第1話 ワガママ令嬢 ユリア・メリーチ

 私は地面に大の字になり、空を見上げている。私にとっては、いつもの事である。今日も私は個人レッスンという名の仕置きを受けている。


 私の名前はアンドゥーで、年齢は十五歳である。メリーチ家の屋敷で使用人をしている。幼い時に道で倒れていた私を拾ってくれたらしいのだが、その記憶は全くない。


「起き上がりなさい。早く」


 この声の主はユリア・メリーチである。綺麗な金色の髪の彼女は、私と同じ歳だ。メリーチ家の一人令嬢である。メリーチ家は、この国セント・メリーチの四大貴族の筆頭で魔法術士の超名門だ。物憂げな眼差しの彼女は、二重で瞳が大きく鼻筋が通っている。  


 彼女の魔法の威力を試すために、私は実験台にされている。三年前の私の誕生日から、私は一日も休む事なく受け続けている。一日に数百発、休日はその十倍程度だ。私は気休めにと思い、彼女から盗み聞きした防御魔法を詠唱したりするが全く効果はない。


「もう学校に行きましょう。ユリア」


 当初は、お嬢様と呼んでいた。しばらくして、二人でいるときは呼び捨てで呼ぶように命令されている。彼女は、そう呼ばない時は叩いてくるのだ。そう呼ぶことを彼女の両親は、大変喜んでくれている。


「まだ出発まで時間あるじゃない。ほら早くしなさいよ」


 仕方がないので、私は立ち上がり魔法を受ける。初めの頃は、少し痛みを感じる程度であった。彼女の成長と共に、魔法の威力は増していってる。私が気を失うまで、それを止めてくれない。


 私は散々と痛めつけられた後、彼女と共に学院へと向かう。私は徒歩で、彼女は専用馬車がある。彼女の両親には感謝されている。


当時の彼女は極度の人見知りで、誰にも心を開こうとはせず塞ぎ込んでいたらしい。私が来てから、彼女は徐々に心を開くようになり、笑うようになったそうだ。しかし、私は彼女が笑っている記憶などない。私には常に高圧的である。


 到着した王立学院は、名門一族の子女が多く通う。彼女の両親の特別の取り計らいにより、私は入学を許可され通うことが出来ている。


 ご主人様から彼女と一緒に通ってくれないかとお願いされた。昔の事があり、彼らは年頃になった彼女の事に関して神経質になっている様子であった。彼女が学ぶ上級魔法科の教室まで一緒に行かなければならない。下校時は、彼女をお迎えにあがる。


 そこには、三人の彼女の同級生の令嬢たちが待ち受けている。その中の一人が、いつものように嫌みを言う。


「あなた、毎日の送迎ご苦労なことね。馬車に生まれ変わった方が良いんじゃない」


 彼女はマチルダ・オテーヌである。四大貴族(序列二位)オテーヌ家の娘でユリアに嫉妬心と対抗意識を持っている。ユリア直接示す事が出来ず、私に鬱憤をぶつけてきて憂さ晴らしをするのだ。


 金髪と茶髪の中間の髪色の彼女は、整った顔立ちをしている。しかし、その性悪さで、だいぶ損をしている。四人の中で一番身長が高いが、ユリアと大差ない。一重の切れ長の目で口角が下がっている。


「ほんと、そうですわよね。マチルダさん」


 彼女はエリーザ・ラバーナである。四大貴族(序列三位)ラバーナ家の令嬢で、マチルダの側近で彼女の言いなりだ。


 金髪と赤毛の混じった髪色の彼女は、二重だが鋭い目をしている。四人の中で一番鼻が高い。性格が悪いと学院での陰口の的になっている。


 もう一人はアン・ロマーナである。四大貴族(序列四位)ロマーナ家の令嬢で、おとなしく控えめな性格にみえる。なぜ彼女たちと一緒にいるのか、私には分からない。


 黒髪の彼女は、奥二重のタレ目で幼い顔立ちをしている。四人の中で一番身長が低い。私は一度も彼女の声を聞いたことがない。


 マチルダの嫌みを一通り聞いた後、別館にある自分の教室へと向かう。私は、ここで剣術と教養を学んでいる。その中の最低の下級剣術科に在籍している。どんなに実力があっても、下級貴族は下級科でしか学べない。


 教室に入ると、私はいつものように挨拶する。その人物は、この学院の中で初めてできた友人だ。学院に入学するまでは、私に友と呼べる者は一人もいなかった。


 彼の名前はローレンスである。ブロンドの髪に青い目をした顔立ちが整っている。同性の私から見ても、お世辞なしでそうだ。元々は名門貴族であったが、没落してしまったという。


 彼の剣の腕は学院一、二位を争うのではと評されている。同級生は入学時に自分の事情を知ると、見下したり罵声を浴びせてきた。本に落書きされたり、机を窓から放り出す者もいた。そんな私を彼は救ってくれた。


 それは、もう一人いる。彼女の名前はクリスティーナである。彼女は下級魔法科に在籍している。


 ある日、私は帰りに教室を出た際に鞄を奪われた。そして、それを中庭の池の中に投げ捨てられた。その中に入ると彼女は鞄を拾ってくれた。


 そのせいで、彼らの怒りの矛先が、彼女へ向かいそうだった。それで、私はそいつらに飛びかかっていった。殴られたり蹴られたが、ユリアの魔法に比べれば何でもなかった。私は体は痛くなかったが、ただただ虚しかったのを覚えている。


 そこへローレンスが駆けつけてきてくれて、彼らをねじ伏せてくれた。寒空の中、彼女は自分のせいで私が暴行をうけたと泣いて蹲ってしまった。


 私は彼女のせいではないと言ったのだけど、その優しさが辛くもあり嬉しかった。彼女は優しさと勇気を持ち合わせた女性なのだと思った。


 私たちは、これを機に親交を深めていった。昼食は、いつも三人で食べるようになった。それが学院での唯一の楽しみになっている。


 私はユリアを迎えに行くが、先生の話が長引き予定時刻より遅れてしまっている。


「遅いわよ。私が拾ってあげなかったら、アンタは土の中よ」


 彼女は、この言葉を何かにつけて発する。そうであることは実際に聞かされている。彼女は遅れると大変不機嫌になる。また、私が彼女の想定外の行動や言動した場合、彼女は激怒する。


 屋敷へ着くと着替えて、使用人としての仕事をこなす。それを教えてくれたのは、ヨハンさんである。


 彼は国の親衛隊長であったが、王宮が暗殺者に進入されしまったそうである。その者は討ち取ったが、その進入の罪を問われ死罪をを言い渡されたそうだ。


 しかし、これまでの功績を考慮され減刑された。それはユリアの父であるウィリアム卿が、王に死罪だけは免れるよう懇願したそうである。行き場のない彼を使用人として雇ったのだ。


 彼は私を坊ちゃんと呼ぶ。彼は私が拾われてから、暫くして来たそうで、ユリアと私を姉弟と勘違いしたのだろう。その頃、私は彼女の遊びに嫌というほど付き合わされていた。


 執事長アルフォンソは、その呼び方を止めるよう咎めた。しかし、彼女の両親は彼が呼ぶ事を認めてくれたという。


 彼には剣術を教わっている。普段は温厚で優しいのだが、その時の彼は言動と態度が少し厳しくなる。私が弱音を吐いたときは叱責される。さすが元親衛隊長だけあって、未だに一太刀も浴びせたことはない。


 ユリアに一方的に魔法を喰らうより、当然であるが充実感を得られる。そして、私は成長を日々感じている。


 一日の仕事を終えて就寝前になると、私はメイド長のジェーンに呼び出される。私は渋々ユリア指定の中庭に出向くと、魔法を喰らい続ける。就寝前は、止めてくれないかと懇願したが却下された。


 彼女は疲れていると快眠できると主張するが、私は痛くて寝付けない。


 私の一日は、このように終わっていく。

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