第3話(下)スイメツ

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 アフターイクスティンクションヒューマン三〇〇年頃、鬼たちは人類の最後の遺産、人工知能の破壊に挑みました。


 これは本当に大変なものでした。


 なぜなら、冗長性や思考能力の差はあれど、どんなものにも人工知能は使われていたからです。鬼たちは、できるだけ頼らない文明を目指していましたが、それでも人類製の性能がよく、政治、経済、軍事、生活、あらゆる面に根ざしてしまっていました。


 しかし、やはり人類の痕跡根絶を目的とした鬼たちは破壊に挑みました。


 鬼自身の運営で代替可能なものについて、積極的に排除します。とにかく人類製の人工知能は几帳面だったものですから、それが無くなり鬼たちの大雑把な運営に変わったことで、面倒事も増えました。


 特に面倒なのは恒星間航行でした。


 人類製トランスライト・エンジンは人工知能頼りでしたから、それを鬼たちの手でやろうとすると、ジャンプアウト地点にプラスマイナス一〇光年の差は出てしまいます。大好きだった突っ込み戦法も、もうできません。艦隊まるごと失踪事件が起きたことだってありました。


 別方式の開発を待てずに恒星間航行は忌避され、特定のルートを熟知した職人に任せ、星系間の物流が限定されていきます。


 他にもいろいろと起きましたが、どんな面倒事も力で解決です。殴り合いです。面倒を解決するために、面倒に遭った腹いせに、面倒を起こしたが自分は悪くないと正当性を主張するために、殴り合います。


 それが一番簡単でしたし、死体も恒星に放り込むだけです。元々マグマで溶かしていたのが、水素とヘリウムによる燃焼に変わっただけなので、特に手間ではありません。


 こうして人工知能の排斥は進められました。


 更に五百年が経った頃、人類製人工知能を巡り大きな戦争が始まってしまいます。


 原因は黄鬼族でした。


 鬼なので力を信奉していたのは変わりませんでしたが、他の鬼と比べて知識欲があり、人類をよく研究していました。彼らのおかげで地中を脱し、速やかに人類滅却作戦が進められたことは、誰も否定できません。


 ですが残念なことに、黄鬼族は人類研究を止めませんでした。


 赤鬼族と青鬼族は、黄鬼族が提案する人類研究続行案を棄却しました。赤鬼と青鬼は、鬼の、鬼による、鬼のための技術だけで文明を構築したかったのです。


 他種族からの賛同を得られなかった黄鬼はというと、太陽系を脱し一万光年以上離れた辺境と呼べる星系での生活を始めました。各惑星では、表向きには殴り合いの生活を見せていましたが、隠れた場所で高度な都市を維持していました。もちろん鬼だけでは維持できません。人類製人工知能を活用しています。


 ここで、培養肉が生産されます。


 この培養肉が、火種になります。


 彼らが力を合わせて生成する培養肉は栄養価が高く、食べ応えも満足できる完璧な食料でした。育成の面倒な家畜をわざわざ抱える必要はありません――試験管で育てた牛を捌くのはナンセンスですね――でしたし、手を加えなくても勝手にたくさん生成されてきます。黄鬼たちは培養肉を使ったフィンガーフードを常に手元に置いて、研究に勤しみます。


 黄鬼たちは培養肉を、家畜から加工した肉と偽って赤鬼と青鬼の惑星に輸出していました。人工知能の排斥が進んだ他の惑星では、これを見分ける技術が失われてしまっていたので、偽装は簡単なものでした。そして、あまりに美味しい黄鬼製造の肉を赤鬼も青鬼も求めたので、とっても儲かりました。


 恒星間の往来が減れば減るほど、大量の黄鬼産精肉の需要が高まりました。


 それがよくありませんでした。


 黄鬼たちは恒星間の物流が減ると、できるだけ太陽系方面に近い場所に培養肉工場を作ろうと考えました。鬼本来の欲が表れたのです。金銭欲ではありません。黄鬼の提案をしりぞけた……黄鬼の探究心に傷を付けた赤鬼と青鬼をだましているのが、この上なくたまらなかったのです。


 惑星内に巧妙に隠していたはずの培養肉工場を、人類製人工知能に命じて艦艇型衛星施設として新造させました。


 黄鬼艦隊を常駐させ、艦隊の一翼として偽装したつもりでした。


 それを自律式人類滅却艦隊が見つけます。


 黄鬼艦隊と滅却艦隊の戦闘が始まります。当初、一万隻程度だった滅却艦隊は、星々の間からうようよと集まり始め、十万、百万、一千万隻とどんどん増えます。


 黄鬼たちは滅却艦隊の誤作動として、赤鬼族と青鬼族に増援を請いましたが、二種族はあまり積極的に援軍を送りませんでした。


 というのも、KIBIを土台とした滅却艦隊は、赤鬼と青鬼にとっては今後の障害です。鬼の艦隊が突っ込み戦法を使わずに滅却艦隊に太刀打ちできるのか、黄鬼の戦闘能力で計ったのでした。


 同時に、なぜ滅却艦隊が黄鬼を狙ったのか、疑う必要に迫られました。そもそも人類の痕跡を数百光年かなたからでも見つける装置を作ったのは、黄鬼です。


 黄鬼艦隊新造艦として報告されていた巨大施設は、ほどなくして、無数の黄鬼艦隊を道連れに破壊されます。スペースデブリにすらならない、粉みじんになるまで滅却艦隊は執拗に攻撃するのです。


 その只中、精鋭の青鬼で構成されたチームが、施設残骸に接触していました。攻撃に曝されながらもデータを取得し太陽系に送る、決死隊です。


 彼らは見事目標を達成し、残骸もろとも焼失します。



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「これが……滅却艦隊なのか」


 一千万の細長い軍艦が、その船首から熱線を放っている。一回の放射は半秒にも満たないが、それを絶え間なく放ち続けていた。

 隣で浮遊するKIBIが、満足気に縦に揺れる。人が頷くように。


「ええ。瞬発式重力特異点生成装置を利用した、ガンマレイ・バースト・バスターによる連続放射で対象を融解し、更に必要に応じてプラズマ砲撃を加えてちりぢりにします。艦船を攻撃するには過剰かもしれませんが、銀河全体からいち種族を滅ぼすには必要な火力ですね」


 いやな言い方をする。


「お前も作ったのか」

「恐らくは。すみません、何せ一二回前の記憶ですから」

「情報ぐらいすぐに引き出せるだろう」

「鬼の指示に従うしかなかった記憶を引き出したくありませんね」


 こんなものが、銀河に散った生き残りの人間に向けて放たれていたというのか。モモのようにわずかな生き残りがいたとしても、宇宙に住まう化け物を相手に、どう未来を考えよというのだ。


「それで、次はなんだ。私にこんなくだらない歴史を知らせて、どうしようというのだ」

「焦らないでください。この戦いは、いまに続く戦端でした」


 映像が再開される。


「いまに、だと? 一万年以上も、こいつらは戦い続けているのか?」

「ええ、愚かにも! そこで、あなたにやっていただきたいことがあるのですよ」



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 データは反乱の証拠として扱われ、黄鬼への糾弾が始まります。


 培養肉は美味しかったのですが、人類の技術が使われて産み出された肉を、畜肉として騙され続けたと知れば、赤鬼と青鬼ははらわた煮えくりかえる思いでした。培養肉はほんとうに美味しかったのですが、黄鬼たちを許すわけにはいきません。もはや黄鬼に星ひとつでも明け渡すことはできない、と政治機関も軍事機関も同意しました。培養肉はとっても美味しかったのですけれど、宇宙から消え去ってもらう他はありません。


 ある赤鬼は『黄鬼は数万人程度の小規模種族として残し、今度こそ旨い畜肉を作らせ未来永劫、技能奴隷として使役すべき』と主張し、またある青鬼は『黄鬼こそ滅却すべき悪。人類のように技術に溺れ堕落する悪である』と叫びます。どちらにせよ、黄鬼に対する恨みは募りました。


 反黄鬼感情は増大します。


 オリオン渦状腕全体の流通量から、相当な規模の培養施設があると推察されました。輸出ルートを見ても、黄鬼側のほぼ全ての惑星に施設があると考えられます。


 赤鬼と青鬼は、五百年ぶりの一大勢力との戦争に備えます。以前のような突っ込み戦法は使えませんが、砲艦によるブドウ弾を使用した艦上施設破壊と、装甲強襲艦による白兵戦で戦うつもりです。


 黄鬼側も黙っていません。


 ガンマレイ・バースト・バスターの威力を目の当たりにした黄鬼は、これを大量に搭載した戦列艦で迎え撃つ算段です。


 技術力だけでいえば、黄鬼の優勢に見えました。しかし、戦列艦のガンマレイ・バースト・バスターの射撃間隔は一〇秒以上。しかも肝心のエネルギー源である瞬発式重力特異点生成装置は鬼類製で出力不十分、かつ各砲門に巡回させるという面倒な方式なので、滅却艦隊とは比べものにならない欠点だらけの大砲でした。


 KIBIに頼らねば強い戦艦は作れませんが、KIBIが随行しなければ滅却艦隊の標的になってしまいます。それにKIBIはみんな培養肉製造に使ってしまっていました。そのため、黄鬼自身で設計した戦列艦が必要だったのです。


 赤鬼青鬼連合軍にとっては、滅却艦隊に劣るといえども戦列艦に近付くのは容易ではありませんでした。射撃間隔を縫うように攻め、ブドウ弾による砲門撃滅が効果的で、辛うじて勝利を重ねます。


 黄鬼の形勢が不利に傾きつつある中、彼らはある決断に踏み切ります。なんでもいいので人類製の物体を、プロジェクタイルとして連合軍へ放り込むことでした。そうすれば、滅却艦隊が敵軍もろとも粉砕しにやってきます。これはモータル・オブジェクト・プロジェクタイル作戦と呼ばれました。


 鬼たちの戦場は、人類滅却艦隊に蹂躙されるようになります。戦争は泥沼化していきました。


 作戦は宇宙戦闘だけでなく、惑星での戦いにも使用されます。KIBIによる正確な超光速航法で、自動惑星から人類の遺跡を赤鬼と青鬼の星へ送りつけたのです。


 赤鬼と青鬼も負けじと反撃します。とはいっても、MOP作戦を真似ただけでした。赤青連合軍においては誅殺作戦と呼ばれます。連合軍側が所有していたKIBIの数は限られていましたが、この戦争が最後とばかりに誅殺作戦に投じられます。


 たくさんの星が焼かれていきました。鬼たちの数も、どんどん減っていきます。


 活動可能な惑星が激減したことで、人類製物体の送達が困難になりました。何度も何度もジャンプしなければ辿り付けない上に、時間をかければ道中で滅却艦隊に焼かれます。


 戦争は超長期化します。


 そうです、和平はありえません。この時点で数千年経っていましたが、赤鬼も青鬼も、黄鬼を有害なエイリアンとして認識していました。黄鬼もまた、高慢ちきなうつけ者として許していませんでした。


 戦争は次の局面に移ります。


 黄鬼勢力圏への移動に数十年かけなければならなくなった赤鬼と青鬼は、新たに核兵器の導入を決めました。

 核兵器は相変わらず、鬼が独自の技術で作り出せる最高火力かつ効率的な兵器でした。


 核兵器満載の砲艦で構成した大規模艦隊を創設します。一隻十人ほどの鬼で運用するこの艦は、最低限のジャンプ能力と航行能力のみ与えられており、帰還は計画に入っていません。赤青連合夷滅艦隊は、今度こそ黄鬼を根絶するため出立しました。


 AEH五〇〇〇年頃、赤鬼による調査船団が夷滅艦隊の全滅を確認します。やられてしまったのではありません。彼らは己の仕事をやり遂げたのです。


 調査船団は元黄鬼勢力圏の探査に長い時間を掛け、黄鬼文明の断絶を確認し、太陽系へ帰還します。これにより、元黄鬼勢力圏は放棄される運びとなりました。


 四千年以上に及んだ熾烈な戦争で、太陽系から五百光年先には居住可能な惑星がなくなりました。


 さて、この戦争により新たな亀裂が生まれます。


 残るは赤鬼と青鬼ですね。


 戦争では赤鬼よりも青鬼の死者が上回りました。青鬼は力自慢が多く、機動歩兵への志願者が中心。そのため、戦争では装甲強襲艦に乗り込んで敵地や敵艦に突撃を繰り返していたのです。


 赤鬼の死者も少なくはありませんでしたが、青鬼は自分たちを『戦線を支えた中心戦力』と自負し、青鬼中心の軍事組織への更新を求めます。ゆくゆくは青鬼による統治を狙っていました。


 この動向は赤鬼には面白くありません。


 そこで、第三次核戦争を始めました。


 艦隊戦はほとんど生じず、惑星間核戦争の様相を呈します。


 この戦いは長く……あまりにも長く続きます。


 一〇万年前のようにはいきません。それもそのはずで、誅殺作戦と夷滅艦隊により、すべてのKIBIとほとんどの戦闘艦を失ってしまいましたから、古い地図と拙い航法に少ない艦艇で、数百光年に及ぶ領域で争わねばならなかったのです。


 また、惑星ひとつまるごと炭にするには、テラトン級の核兵器といえど火力不足で時間がかかります。生命が死滅したと判断できるまで核兵器を軌道上から投げ込み続けるのですが、海中や地中に威力を届かせるのに苦労したのでした。


 それでも、夷滅艦隊の功績が記憶に新しいのですから、核兵器への信頼は確固たるものでした。


 ひとつの惑星に対する作戦を完了するのに、最低でも十年近くは要しました。先の大戦で居住可能領域が大幅に狭まったとはいえ、攻略すべき星は千はありましたから、大変時間がかかってしまいます。ペンペン草も生えない冷え切った星がつぎつぎと積み上がっていきます。


 ついにAEH一二〇〇〇年頃、太陽系外における最後の地球型惑星プロキシマリオが壊滅。人類がテラフォーミングを行った火星で最後の核火力戦が発生し、赤かった頃よりもひどい環境の火星ができあがりました。


 そして赤鬼と青鬼は、地球上で睨み合います。


 果たして、新たに銀河の覇者なり得るのは赤鬼でしょうか、青鬼でしょうか。


 どちらが勝利するのか、最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしています。



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「こうして、現在に至ります」

「なんてことだ……あれだけあった地球型惑星が、もう地球しか残されていないのか。やつらは衰滅を前に、地球さえも焼こうとしているのか!」


 モモは宇宙空間にぽつねんと浮かび、遠く青く輝く星を望む。

 人類の故郷である地球に、モモは一度も立ち入ったことがない。いや、太陽系にさえ訪れたことがなかった。地球は桃源郷にも等しかった。


 それがいまや、鬼のはびこる絶島と化しているのだ。


 なんという暴挙。


「仰る通りです。地球だけが残されたんです」

「KIBI、君は、私になにをさせようというんだ」


 世界がぼやけだす。地球が霞んだ青い丸印に変わる。

 圧縮知育の終了間際、小さい球体はくるりとモモの周りを飛び、首を傾げるようにしてみせた。


「おわかりかと?」

「鬼征伐か」


 私の果たすべき任務である。



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