第5話:必要とされるもの

 今日も薄い本を読み進めた。

 本の主人公は、聖者だけが使える力を示した事で、人々に受け入れられ始めたみたいだ。

 姿は違っても、本質は同じだと分ってもらえたらしい。

 前世と同じ事が出来るっていうのは、転生者の証明としてかなり効果的なんだろうな。


 ギルドマスターたちが俺に前世の剣技を求めるのも、そういう事かもしれない。

 アズールと同一の魂を持つ、生まれ変わりの証を見せてほしいようだ。

 でも俺は、勇者アズールの転生者として認められたいわけじゃない。

 エカたちみたいに記憶や心を得たわけじゃないし。

 見た目は同じでも、中身は別人。

 転生者として扱ってくれなくていい。

 むしろ変身の魔法が使えたら、姿を変えて普通の人間を演じたいくらいだ。



「俺も変身魔法を覚えようかなぁ」

「猫人に変身出来る魔道具なら、アズの遺品にあるよ」


 ボヤいたらタマが教えてくれたので、俺はアサギリ島に帰って家の中を探してみた。

 アズは几帳面な性格だったのか、道具も装備も整理整頓された状態だ。

 おかげで探し物は楽に見つけられたよ。

 装備品を収納した箱の中から、それは出てきた。

 アズが子供の頃に使っていたという、猫人変身の腕輪。

 世界樹の民が学園に在籍していることは滅多になく、猫人たちが騒いだり魔族に狙われたりしないように、猫人に変身して普通の生徒を装っていたそうだ。

 腕輪に込められた魔法を使うと、猫人の姿に変わるらしい。


……けど……


「あれ? 変身しない?」

『使い方は間違ってないぞ?』

『何十年も経っているから、壊れたんじゃない?』


 腕輪に込められた魔法は発動したっぽいのに、姿が変わらない。

 使い方を教えてくれたアズの霊も首を傾げた。

 一緒に見ていたルルは、経年劣化による破損を予想している。


「見つけて使ってみたけど姿は変化しなかったよ。これって壊れてるのかな?」

「ん~、魔力の流れは特に異常が無いみたいだけど、どうして変身しないんだろうね?」


 図書館へ行ってタマに腕輪を見せたけど、特に異常は無いらしい。

 原因が分からなくて、タマも首を傾げる。

 腕輪にはアサケ王家の紋章が入っていたので、王太子のナジャ校長に見せに行ってみた。


「これは御祖父様がアズにあげた物だニャ。古いけど壊れてはいないニャン。変身できないのは……うーん、なんでかニャ?」


 腕輪を調べたナジャ校長は、そう言って首を傾げた。


 こうなったら、困った時の神頼みだ。

 修行に行くついでにアチャラ様に聞いてみよう。本物の神様だし。

 俺は変身ブレスレットを異空間倉庫ストレージに入れて夜間訓練に向かった。



「戻って来た世界樹の子らの身体は、魔王の力で日本人から世界樹の民に変換されている。魔道具や変身魔法では変えられぬよ」

「えっ?!」


 剣術用の修行空間、そこを管理する武神アチャラ様はそう告げた。

 神様からの残念なお知らせだ。

 腕輪が作動しないんじゃなくて、俺の身体が変身を受け付けないらしい。

 なにそれ、魔王の呪い?

 何のために前世返りさせたんだろう?

 嫌がらせかイタズラか?

 俺はともかく、他の3人には好都合みたいだけど。


「でもモチは変身魔法で姿が変わってますよね?」

「それは同じ【エカルラート】の姿だからだ」


 同一人物の姿なら、俺も変身出来るらしい。

 つまり、今の俺は【アズール】の姿しかとれないってことか。

 エカは奥さんの年齢に合わせるために成人の姿になっている。

 けれど、俺にはその必要が無いので、見た目の年齢を変えるだけなら変身はしない。


「じゃあ、俺はアズの影から出られないって事ですね」

「身体能力は同一なのだから、修行を積めば技術は追い付くだろう。精進しなさい」


 姿を変えられないことに落胆したものの、アチャラ様にそう言われて、俺は今日も修行に励んだ。

 前世が得た技術を最も詳しく知るのはアチャラ様なので、そのアドバイスに従った鍛錬メニューをこなしていく。


 練習用の高速で動き回る球体を攻撃対象に、片っ端から割っていく。

 踏み込みや剣を振るタイミングが合わないと当たらない。

 向こうからこちらへ突っ込んでくる場合は、完全回避が発動して軌道を歪められる事も計算に入れて斬る。

 自分めがけて飛んでくる野球ボールサイズの球が、どのタイミングでどの角度に曲がるのか?

 手にした剣をいつどの向きに振れば、球体を捉えられるのか?


 身体を動かすのは嫌いじゃないし、SETAのATP事業部所属時代はカーニバルゲームと呼ばれる身体を動かす系のゲームを毎日やってたので、この訓練もそれに似た感覚で楽しくやれる。


 ここに通い始めて1ヶ月、10年分くらいの修行にはなってるかな。

 アズールは6ヶ月毎日通ったそうだから、あと5ヶ月くらいで追いつけるのだろうか?


「見たところ、其方なら同じ技術を得られる。後は精神の違いで強さは変わるかもしれぬ」


 アチャラ様は教えてくれた。

 前世は双子の兄を最優先に護るように精神を創られていた。

 エカを助ける為なら迷わず行動するのがアズだったという。

 守るべき者があるという気持ちは、心と体を特に強くするらしい。



※5話イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093080085340842

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