第18.2話

「じゃあ、また来週学校で」


「ばいばーい」


 僕たちはファミレスを出た後、各々の帰路に就く。真夏とはいえ、さすがに日はとっくに落ちた。店に入った時には夕日にもなっていなかったはずが、その反対側に満月が上がりかけていた。

 泰河は吉村さんと、大間さんは藍野さんと同じ方向へ行き、僕は一人曲がりくねった帰り道の途中、踏切が上がるのを待っていた。


(そういえば、さっき写真を探してた時に何か来てたっけ)


 僕はスマホを開き、一時間強放置していた、二つの通知を開く。

 一つは庵治さんからだった。


―――――――――

『そういえば今日海に行ってたんだよね』

『また今度お土産話聞かせてね』

―――――――――


 僕は「了解」と黒猫がウインクするスタンプを送った。


(あの人は、庵治さんに僕たちのことを話してなかったのかな。まあ、今度行った時に聞いてみるか)


 庵治さんとのトーク画面を閉じて、別の画面を開く。

 もう一つはお父さんからだった。


―――――――――

『今どこ』

―――――――――


 僕はそれに、今いる場所の写真を撮って返信する。

 すぐに既読がつき、「わかった」とタキシードを着た熊がサムズアップしているスタンプが送られてきた。

 踏切が上がり、歩き始めようとしたところでまた通知が鳴る。


―――――――――

『今日もすまん。晩御飯は外で食べてくるから、用意はしなくていい』

―――――――――


(まあ、いつものことか)


 僕は八時を示す腕時計を一瞥し、お父さんからのメッセージに対して黒猫がつんけんした態度をとるスタンプを送り、続けて了解のスタンプを送った。

 それからは踏切や信号に引っかかることもなく、自宅に着いた。


 エレベーターに乗り、ボストンバッグを置いて一息つく。


(片付けは明日やろう。きっと筋肉痛だけど)


 エレベーターが開き、自分の家のドアまで行って、上下の鍵を開ける。

 中に入ると、昨日作ったカレーの匂いがした。


「ただいま」


 もはや、作業だ。


 電気をつけ、洗面所の床にボストンバッグを置く。

 手洗いうがいをし、風呂の栓を締めているのを確認してから「ふろ自動」のボタンを押す。


 冷蔵庫からお茶、食器棚からコップ、冷凍室からラップに包んだご飯を取り出す。

 コップにお茶を注ぎ、ラップに包んだご飯をレンチンする。

 そこで小さなお椀を取り忘れていたことを思い出し、食器棚から取り出そうとしたところ、誤って手を滑らせてしまい、割ってしまった。


(……はぁ)


 急かすように、ピーピー、と電子レンジから音が鳴る。中のご飯を取り出して新しく出したお椀に盛る。

 そして、仏壇に向かい、正座で座る。


「今日も元気に過ごしてます。海はとてもすごかったよ。今度写真現像して置くね」


 手を合わせ、目を閉じる。

 何も見えない。何も感じない。

 ただ、虚無に感謝を投げる。

 その中に隠れた、あたたかいところに届くことを信じて。


 目を開ける。

 

(「好きに生きなさい。自分に正直に、人に誠実に」)


 いつかの記憶のような何かに答えようと、その中の声に重ねて自分に言い聞かせる。もはやそれが真実か嘘かどうかもわからない。


 でも、別にいいんだ。

 その中にまごころがあると思い込めば。

 たとえ、ただの作業でも。


 軽く頭を傾け、立ち上がり、洗面台に向かった。

 ……割ったままのお椀に気づいたのは、お父さんが帰ってきてからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る