第13話 ゲームと信頼

「……早くね」


「いや、五分前集合してるから」


「……ま、あいつら遅刻だろうな」


 泰河の家の前でスマホをいじっていると、ちょうど家主が出てきた。厳密に言うと、家主の息子だけど。


「ほら、入って」


「お邪魔します」


 泰河に先導されて家に上がると、かすかにカレーの匂いがした。

 泰河の両親は共働きで、日中は大体泰河一人でいることが多い。でも、僕が来ることはちゃんと保護者同士で前もって共有しているため、こうして本当の家主がいない間にも上がらせてもらえている。


「これ、親御さんに」


 紙袋を泰河に渡す。来る前に喫茶店に立ち寄って、庵治さんから受け取ったコーヒーパックが中に入っている。


「毎回別にいいのに」


「いやいや、お世話になってるから。ある意味、代理で渡しているようなものだし」


「……じゃあ、ありがたくいただきます」


―――ピンポーン。


 そうこうしていると、インターホンが鳴る音がした。どうやら他の二人も来たようだった。腕時計を見ると、集合時間から二分過ぎていた。まあ、いつも通りだ。


「よっ!」


 泰河がドアを開けると、眼鏡をかけた長身の男子と、よく日に焼けた外ハネがトレードマークの男子がこちらに向かって手を振っていた。


「お前ら遅いぞ」


「ちょっとぐらいいいじゃん。夏休みだし。な?」


「泰河は暇でいいよな」


「午前練ばっかりなだけだし、今日に関してはお前らも丸一日暇だろ」


 外ハネ―――ごう太一が、隣の眼鏡―――浦井貞治さだはるの肩を小突く。二人とも小学校の頃からのゲーム友達で、オンラインではよく話す間柄だ。太一は部活で、貞治は塾で忙しく、休み時間もそれぞれ部活のミーティングがあったり勉強してたりで、夜ぐらいしか話すタイミングがない。というか、僕が二組、二人が一組で別なこともあり、小休憩の間にわざわざリアルで会いに行こうという気になれないのだ。

 なんとかお盆前に、滑り込みで遊ぶ予定を入れることができた今日は、各自しか持っていないゲームを持ち寄ってみんなでプレイする予定だ。


「なんか久しぶりな感じしないけど、久しぶりに話すな、洸太郎」


「二人とも大忙しだから、構ってくれないじゃん」


「なんだー? これー、うりうりー」


 靴を脱ぎ捨てた太一が、僕の肩に手を回し、うりうり頭をこすりつける。


「ちょっ、やーめーろ! っほら、靴ちゃんと揃えて」


「お母さんかよっていうか、太一がガキ過ぎるのか……悪いな、いつも」


「家主は謝るなよ。ま、今度何かおごってもらうから」


 貞治が全員分の靴を改めて整頓し、隅に寄せる。

 手洗いうがいを済ませ、リビングのテレビの前に集まる。そして、各自持ってきたゲームソフトを机の上に出す。皆パーティーゲームを取り出している中、一つだけ異彩を放つパッケージがあった。


「これホラゲーか?」


「そ。中古ゲーム屋で五百円で売ってたから、買ってきた」


 太一は結構頻繁に中古ゲームを進めてくるけど、誰も興味を示さない。というか、太一以外の三人は一つのゲームをずっとし続ける傾向にあり、三人の出すソフトは前集まった時と代わり映えしないラインナップだった。


「ま、やるか。とりあえず先にいつもの三つな」


 まずは泰河の持っている、スゴロク系ゲームをプレイする。もちろんスゴロクは運要素が多く絡むけど、大体なぜか僕が優勝する。


「うわっ、これラグでしょ!」


「ローカルゲームにラグがあるわけないだろ……」


 でも今回はミニゲーム一回分の差で泰河に追い抜かれた。

 エキサイトした後は各自が持ってきた昼食を食べて少し休憩し、泰河の持ってきた―――というかダウンロードしていた協力脱出系ゲームをした。


「おい、押すなって!」


「押してない押してない」


「……その声笑ってるだろ」


「ちょっと二人とも早く来ないと……あ」


「また太一と貞治のせいでやり直しかよー」


「だってこいつが」


「いやいやいや」


 協力系なのに、互いに妨害ばっかりしてしまうのはあるあるだろう。

 罵詈雑言の応酬が終わった後は、貞治の持ってきたフィットネス系のゲームをした。あまりにも帰宅部と文化部の二人体幹が弱すぎて笑いものにされたけど、泰河が足の小指を机にぶつけて悶絶した時に存分に言い返したから満足だ。


「はぁ、ちょっと休憩」


 ようやく体を起こした泰河がほっと息をつく。


「笑い疲れて死ぬ」


「マジでお前らといるとおもろすぎ」


 太一と貞治も、やっと腹筋が落ち着いたみたいだった。


「じゃあホラゲーか。なんかサウナみたいじゃない?」


 僕はソフトを取り出して、ホラゲーを入れる。


「わかるー」


「ととのうー」


「は?」


 後ろで意味のないおしゃべりが繰り広げられていたものの、ソフトを起動して間もなく、辺りは沈黙に包まれることになった。


「……これ、やばくない?」


「一応、十二歳以上対象だから大丈夫なはずだけど」


 テレビ画面に映った血文字と、時折聞こえる女性の叫び声が雰囲気を作る。泰河がカーテンを閉めて電気を消し、全員定位置に戻って居直ると、すっかりさっきまでのにぎやかさがなくなっていた。


「俺、ちょっとトイレ……」


 貞治がのっそり立ち上がって、そそくさと部屋の外に出て行った。


「俺、ちょっとトイレ待ち……」


 続いて太一が立ち上がって、廊下の方に出て行った。


「俺も」


「待て」


「げっ」


 立ち上がりそうな雰囲気を出した泰河の腕をつかみ、下に力をかける。


「トイレ待ち二人は多いだろ、家主」


「……怖いのか?」


「は?」


 震えないように発声したつもりが、かえって不安定な返事になってしまった。


「俺にここにいて欲しいってことか?」


「やっぱいいや」


「こらこら」


 突き放すように手を離した僕の手を通り越して、泰河が肩を組んでくる。そんなカレカノみたいなことを泰河とするつもりはない。


「こういう時は、別の話題で気を紛らわすのが一番ということで、こーた。来週の約束のこと覚えてるか?」


「あー……」


 泰河が話しているのはきっと、あの予定のことだろう。


「『海に行きたい』って藍野さんが言ってたやつだよね」


「そ。俺もそうだけど、来年の部活終わりぐらいに皆忙しくなるから、今年行っておきたいって光里が言ってたんだよな」


「僕がグループに入った時にはもう決まってたから、何もわからなかったんだ。でも、確かにそんなことを吉村さんが言ってたから、なんとか追いつけた」


 八月に入って間もなく、僕はあるグループに勝手に入れられていた。メンバーはあの時に遊びに行った五人だったから安心したけど、知らない人だらけだったらどうしようと思って、気づいてから五時間くらいは放ったらかしにしてたら、すべて決まってしまっていたのだ。


「でも、部活の人とかと行かないの? 藍野さんだったら、そういうの好きそうな人友達にいそうだけど」


「……光里のこと何だと思ってるんだ?」


「うーん……パリピ?」


「それは……そっち系に進むかもしれんが、今のところは落ち着いてるはず。じゃなくて、光里の友達もそんなにアウトドアな人がいないんだとよ」


「僕はインドアなんだけど」


「じゃあ断るか? お前昔から断るの苦手だっただろ。代わりに言っとこうか?」


「いや、大丈夫。人がいたら、別」


(なんせ、友達と海に行くなんて青春っぽいこと、憧れてたし。それに……)


「……嬉しいよ」


「え?」


「いや、昔のこーたに戻りつつあるなって思って」


「そうかな?」


(昔の僕って、どんな感じだったんだろう。少なくとも僕は覚えてないけど、あれ以前の僕は、泰河からすると結構印象的だったのかな)


「いや、なんでもない。とりあえず楽しみだな」


 僕も、その話をしているだけでワクワクしてきた。


「お待たせー。こいつがずっとこもってたから。俺はすぐに出てきたから」


「だって座ったら催したんだよ」


「きたねえなー」


「くさっ」


 束の間の、本当の休息を経て僕たちはホラーゲームに挑むためにコントローラーを握りしめた。



*****



「……あいつらいなくなってから急に怖くなくなったな」


「もしかして二人が怖い雰囲気作ってた?」


「いくらクライマックス寸前で離脱したとはいえ、やっぱりそうだよな」


 二人がトイレから戻ってきて一時間後、僕と泰河はホラーゲームをクリアした。太一は門限、貞治は塾があり、おおよそ進捗が四分の三ぐらいで帰っていったのだ。また今度返してくれたらいい、と太一が残していったため、残りを二人で終わらせたのだけど……。


「カーテンも夕日で意味ないし、俺ら二人だとアクション系すぐだしな」


「でも面白かったよね」


「……そうだな。案外こういう系のゲームも悪くないかもしれないな。多分買わないけど」


「それはそう」


 さすがに一人でこういうゲームをするのは気が引ける。


「じゃ、晩御飯食べるか?」


 電気をつける泰河の足はすでにキッチンの方に向かっている。


「いや、さすがに悪いって」


 カーテンを開ける僕は、断れないのを知っていながら遠慮の言葉を投げる。


「いいじゃん。食べて行けってうちの母さんも言ってるんだし」


「そうなの?」


「そ。だから遠慮すんな」


「……わかった」


(むしろ気を使っているのはそっちの方じゃないのか)


 泰河の家に来る際、二回に一回は晩御飯をごちそうになる。平日の学校帰りで来る時は家族に混じる形になることもあるけど、大抵は二人で食べることが多い。予め遊びに来ることを伝えている時に限って、保護者同士でその話が交わされるのだ。ちなみにそのお返しとして、泰河とその家族には、喫茶店で青紙を使う権利を渡しているけど、これまで店に訪れて権利を行使した回数は片手で数えるほどしかない。


「今日は俺が全部作ったから、いつもの感じとは違うと思う」


「まあ、泰河の腕なら確かでしょ」


 盛り付けだけ手伝って、カレーをテーブルに運ぶ。後からお茶を継ぎ足したポットを泰河が持ってきて、僕の体面に座る。


「いただきます」


 二人で手を合わせて食べ始めた。カレーの味が違うのはよくわかった。辛いのが苦手な泰河の舌に合わせてか、いつもより結構甘い。


「……甘いだろ?」


「まあ、でも味は結構本格的だし、勉強になる」


「それはどうも。っていうか俺らの会話、もはや料理研究家だろ」


「それはそう」


 それからは今度の出かける予定、最近見たテレビ、部活の愚痴など、色々話しながらスプーンを口に運んでいった。兄弟はいないけど、きっといたらこんな感じなのだろう。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした」


「粗末じゃないよ。おいしかった」


「……ありがとう」


 ちょっと照れた泰河も、あまり他の人には見せていない一面だろう。かといって、カレカノを演じるつもりはない。断じて。


「じゃ、これ洗ったら帰るから」


 自分の分の食器を手洗いしながら、別れのあいさつのフェーズに移る。


「風呂まで入っていけばいいのに」


 泰河は食洗器に自分の食べ終わった食器を入れ、給湯スイッチを押す。


「湯冷めするでしょ?」


「今は夏だし冷めないんじゃね」


「だったらなおさら遠慮しとく。帰る時に汗かくから」


「それはそう」


 僕は食器を水切りかごに入れ、斜め掛けのカバンを首にくぐらせる。


「じゃ、今日はありがとう」


「おう。また来週?」


「うん、来週。っていうか、どうせゲームするでしょ?」


「いや、明日から帰省するから、なんだかんだ海行くまでしないかもな」


「そっか。まあ暇しとく」


 僕は手を振って外に出る。後ろで聞こえた鍵が閉まる音と濃紺の空が、僕を夜の世界に歩き出させた。

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