死ねない夜に

床で寝てしまっていたらしい。


全身に打撲したような、鈍い痛みを感じる。


ひどく痛む頭を抱え、体を起こす。


テーブルの上には、既に空になった酎ハイが置きっぱなしになっている。


壁に掛かっている時計を見る。


時刻は2時過ぎ。


カーテンが夜風に揺らされ、窓を開けっ放しにしていることに気付く。


室内に入る風が気持ち良い。


おぼつかない足でベランダへ出る。


マンションの手すりにそっと手をかける。


少し強い夜風が、私を室内へ押し戻す。


脚がよろける。


酔いも改まり、それだけで少し口元が緩む。


今宵の月は半月である。


目を閉じて、耳をすます。


風の音の中に、かすかに住民の笑い声が聞こえる。


風の音の中に、かすかに住民の怒鳴りあう声が聞こえる。


ゆっくり目を開けて、深く息を吸い込む。


肩が少し上がる。


半月を見る。


視界がぼやける。


過去に耽る。


何も思い出されない。記憶に蓋をしたように。


ふと、脳内に再生された言葉。


『自殺した人間は、自殺した瞬間を、何度もループする』


心には響かないが、心には留まった言葉。


そんなこと、本当にあるのだとしたら聞いてみたい。


『あなたは、死ぬ前に何を感じましたか』


(私は何も。あぁ、強いて言うのなら。あの頃の夏の香りを感じました。)


なんとばかばかしい。


手すりから身を乗り出した。


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