おとぎ話の小道具店

冲田

白雪姫のコレクション

「『かがみよ鏡、国じゅうで一番美しいのはだあれ?』の、やつですよね?」

「そう、それです。その鏡、まだ見つかりませんか?」

「そう言われてもなぁ」


 アンティークなのか、ガラクタなのか。子ヤギくらいならはいれそうなほど大きな時計や、ロバの頭のかぶり物が。半分が赤いペンキでられた白バラが生けられた花瓶かびんに、綺麗きれいな宝石があるかと思えば大きな石ころまで。ごちゃごちゃに所せましとたくさんのモノがんであります。 

 あふれるモノをかきわけるように置かれたテーブルに向かい合って座っているのは、この部屋のあるじと、その客人きゃくじんでした。

 

 この部屋はアパートメントの一室にこっそりと開いている小道具店です。

 部屋の主である青年はだぼだぼの服に、あっちこっちを向いた髪の毛。およそこの部屋のように雑然ざつぜんとした身なりの彼は、椅子いすの上にあぐらをかいて、こまがおで頭もかいています。

 客人の方はというとその反対で、きっちりとした背広せびろを着て背筋せすじを伸ばした紳士しんしです。とはいえ、まちを歩けばどこにでもいそうな、ごくありふれた男でもありました。



「まずね、俺は、依頼いらいを受けて品物を仕入しいれるってことは、しないんですよ。この中に“ない”なら、“ない”んです」

 青年はぐるりと周囲を指差ゆびさしながら言いました。


「だから、お願いしてるんじゃないですか。

 いや、この際、積極的に必ず約束通りに仕入れてくれなんて贅沢ぜいたくは言いません。でも、確実に買う男が目の前にいるんですよ!

 いつまでも売れずに、ここでずっとホコリをかぶることはありませんよ」

 紳士も、ぐるりと周囲を指差しながら言いました。


「なんでそんなに、その鏡にこだわるんです?

 鏡なら他にも……ほら、これなんか。条件がそろうと鏡の国に行けるらしいですよ。こっちの姿見すがたみは、見たいと思った遠くの出来事がうつるそうで。もちろん、なんのへんてつもない鏡もありますし」

「しかし、私が欲しいのはそれらではなくて『白雪姫の継母ままははの魔法の鏡』です」

 紳士が身を乗り出して言ったので、青年はもう一度頭をかきながら「はぁ」と大きくため息をつきました。


「まあ……心にはめておきます」


「心に留めて置くだけでなく、なにとぞお願いしますよ」

 紳士はしつこく食い下がります。


「さて、お夕飯でもお出ししましょうか」

 青年はおもむろに立ち上がって言いました。


「え? まだ昼ですけど?」


「夕飯、がって行きますか?」

 近くに立てかけてあったほうきの上下をひっくり返しながら、青年はもう一度言いました。


「ですから、時間としては昼食じゃ……」


「帰れって言ってんの!」


 最後には声を荒らげて、手にしたほうきですように客を追い出すと、青年はつかれ切った顔で大きくため息をつきました。



「しつこいわねぇ、あのおっさん。ね、エミール」

 あっちこっちにはねた髪の毛の隙間すきまから、ひょこりと小さな女の子、ヘレナが顔を出しました。人の形をしているけれど小鳥のようなちいささで、背中にはとおった羽根がえた妖精ようせいです。

 ヘレナはエミールと呼んだ青年の頭からぴょんと飛び出すと、羽根をひるがえしながらテーブルの上にちました。


「白雪姫のお話がよっぽど好きなのね。これまでもきぬのしめひもくしどくりんごの製法を書いた本や、色々と買っていったもの」


収集家しゅうしゅうかなんだとさ」


「だったらいっそ、鏡だけじゃなくて、他にもいろいろ“ってきたら”あの人が買ってくれるんじゃない? 七人の小人のつるはしとか」


「簡単に言うなよ、ヘレナ。頼まれたからって鏡を仕入れに行くのも、しゃくだし」


「けど、意地いじってても絶対また来るよぉ? あの客」


「そうなんだよなぁ。だから、本当にしゃくだけど……」


 エミールは部屋の奥のクローゼットを開けました。中にはずらりと、衣装いしょうがかかっています。モーニング、羽織袴はおりはかま軍服ぐんぷく、ぼろきれのようなくたびれた服もあれば、王子様のような立派なジャケットまで。まるで芝居しばい小屋ごやのようにありとあらゆる衣装がそろっています。

 ぼさぼさの髪もきちんと整えて、取り出した衣装を着ると、エミールはお城に出入りする商人のような出立いでたちになりました。ヘレナは彼の帽子ぼうしのつばに、ちょこんと座ります。


「行こうか。白雪姫の世界へ」


 エミールは、本棚ほんだなに立てかけたはしごの、下から三段目をコンコンコンと三回叩きました。

 はしごと本棚はひとりでに動いて、人ひとりが通れるくらいの入り口があらわれます。その先は前も、上も、足元も、どこもかしこも真っ白です。エミールは、ひょいと跳躍ちょうやくして真っ白の中へと消えました。



◇◇◇



 お城の中では、女王様が魔法の鏡に向かっておいででした。


「鏡よ鏡、国中で一番美しいのはだあれ」


『女王さま、ここでは、あなたが一番うつくしい。

 けれども、わかい女王さまは、千倍せんばいもうつくしい。』


 物語は終盤しゅうばん、今度こそ白雪姫を始末したと信じている女王様が、それでもまた自分が一番ではなくなってしまったことに、とてもおいかりになっている場面です。

 女王様がひとしきり怒りくるって、すこし落ちつかれたすきに、エミールは女王様の前に姿をあらわしました。


「ああ、うるわしのが女王様。さぞ心痛める出来事できごと見舞みまわれたこととぞんじます」


「そなたは誰だ。どこから入った?」


わたくしめはいやしい商人でございます。願わくば女王様のお役に立つべく、さんじました。

 聞けば異国いこくのご婚礼こんれいまねかれておられるとのこと。女王様の美しさを引き立てる品々がご入用いりようかとお見受みうけいたします」


 はじめは大変に怪訝けげんなお顔をされて、すぐにでも商人にふんするエミールを追い出そうした女王様でしたが、エミールが品物を並べはじめますと、たちまちに女王様のお顔はかがやきました。

 ドレスもアクセサリーも、めずらしく、はなやかで、それでいて高貴こうきなものばかりで、花嫁はなよめよりも美しくなれそうだと期待のもてるものでしたし、エミールはその魅力みりょく存分ぞんぶんに語りました。


「ところで、ついでのお話で恐縮ではございますが、よろしければ不用品の引き取りもたまわっております。

 どうでしょう? その古びた鏡など、世界一のお美しさであらせられる女王様をお映しするには、いささか地味でありましょう」


「この鏡はそう易々やすやすと手放せるものではない」


「そうでしょうとも。このお部屋にあるものはすべて、女王様の大切なお品物。じつはその鏡の秘密も、わたくしめは存じております。

 その上でもうしましょう。その鏡はもう、真実を告げることをやめてしまったのではないですか?」


「確かに……。つい今しがた、鏡がおかしなことを言うのでいかっていたところであった」


「ですから、もう役にも立たぬ鏡を持っていたところでしょうがないでしょう。どうです、女王様。

 これらのドレスやアクセサリーと、鏡を、交換といきませんか?」


 女王さまはどこか夢見心地ゆめみごこちにエミールの申し出を受け入れて、鏡を差し出し、かわりにわかい女王さまの万倍まんばいも美しくなれそうな品物たちを受け取りました。


「さあ、女王様におかれましては、私に会ったことなどすっかり忘れて、もとの物語へとお戻りくださいませ」

 エミールは女王さまにうやうやしくお辞儀じぎをすると、そのまますぅっと、姿すがたを消しました。



 ◇◇◇



「鏡は、女王の魔法の鏡は手に入りましたか⁉︎」

 毎日のように店におとずれていた男が、今日もやってきました。


「はい、確かにご用意しましたよ」


「ああ、ああ、ありがとうございます!」


「たまたまですよ、たまたま仕入れがあったんです。品物を指定した仕入れ依頼なんて、受けてないんですからね?」


「ええ、ええ。さあ、買わせてください、その、鏡を!」


 興奮こうふんする男に圧倒あっとうされながら、エミールは鏡をわたし、お代を受け取りました。男はとても満足げに、足取り軽く帰って行きました。


うれしそう、っていうより、必死ね。帰ったら自分がいかに美しいか聞いてみたりするのかしら。正直、鏡に聞くまでもない顔だと思うけれど」

 ヘレナがひょっこり顔を出して言いました。


「さあねぇ。客が買っていった品物をどうあつかおうが、俺の知ったこっちゃない。物語の道具を使ったことで何が起きようがね。

 ろくなことにならないことも、多いけど」

 エミールはそう言って、だるそうに、ぼさぼさの頭をかきました。



 ◇◇◇



 男は鏡をかべにかけると、さっそくたずねました。


「鏡よ鏡。この町で一番美しいのはだれ」

『それは、アリア。西通りのアリアが一番うつくしい』

「そうか、そうか……!」


 男はにやりと笑いながら、部屋に並ぶいくつものガラスのひつぎいとおしげにでまわしました。


「毒りんごで美しいまま永遠の眠りについた僕のコレクションに、次はアリアが加わるんだ。

 ああ、鏡よ鏡。美しい娘を教えてくれる鏡よ。これを所持するのに、私ほど相応ふさわしい者はあるまい」



◇おわり◇

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