おとぎ話の小道具店
冲田
白雪姫のコレクション
「『
「そう、それです。その鏡、まだ見つかりませんか?」
「そう言われてもなぁ」
アンティークなのか、ガラクタなのか。子ヤギくらいならはいれそうなほど大きな
この部屋はアパートメントの一室にこっそりと開いている小道具店です。
部屋の主である青年はだぼだぼの服に、あっちこっちを向いた髪の毛。およそこの部屋のように
客人の方はというとその反対で、きっちりとした
「まずね、俺は、
青年はぐるりと周囲を
「だから、お願いしてるんじゃないですか。
いや、この際、積極的に必ず約束通りに仕入れてくれなんて
いつまでも売れずに、ここでずっとホコリをかぶることはありませんよ」
紳士も、ぐるりと周囲を指差しながら言いました。
「なんでそんなに、その鏡にこだわるんです?
鏡なら他にも……ほら、これなんか。条件が
「しかし、私が欲しいのはそれらではなくて『白雪姫の
紳士が身を乗り出して言ったので、青年はもう一度頭をかきながら「はぁ」と大きくため息をつきました。
「まあ……心には
「心に留めて置くだけでなく、なにとぞお願いしますよ」
紳士はしつこく食い下がります。
「さて、お夕飯でもお出ししましょうか」
青年はおもむろに立ち上がって言いました。
「え? まだ昼ですけど?」
「夕飯、
近くに立てかけてあったほうきの上下をひっくり返しながら、青年はもう一度言いました。
「ですから、時間としては昼食じゃ……」
「帰れって言ってんの!」
最後には声を荒らげて、手にしたほうきで
「しつこいわねぇ、あのおっさん。ね、エミール」
あっちこっちにはねた髪の毛の
ヘレナはエミールと呼んだ青年の頭からぴょんと飛び出すと、羽根をひるがえしながらテーブルの上に
「白雪姫のお話がよっぽど好きなのね。これまでも
「
「だったらいっそ、鏡だけじゃなくて、他にもいろいろ“
「簡単に言うなよ、ヘレナ。頼まれたからって鏡を仕入れに行くのも、しゃくだし」
「けど、
「そうなんだよなぁ。だから、本当にしゃくだけど……」
エミールは部屋の奥のクローゼットを開けました。中にはずらりと、
ぼさぼさの髪もきちんと整えて、取り出した衣装を着ると、エミールはお城に出入りする商人のような
「行こうか。白雪姫の世界へ」
エミールは、
はしごと本棚はひとりでに動いて、人ひとりが通れるくらいの入り口が
◇◇◇
お城の中では、女王様が魔法の鏡に向かっておいででした。
「鏡よ鏡、国中で一番美しいのはだあれ」
『女王さま、ここでは、あなたが一番うつくしい。
けれども、わかい女王さまは、
物語は
女王様がひとしきり怒り
「ああ、
「そなたは誰だ。どこから入った?」
「
聞けば
はじめは大変に
ドレスもアクセサリーも、
「ところで、ついでのお話で恐縮ではございますが、よろしければ不用品の引き取りもたまわっております。
どうでしょう? その古びた鏡など、世界一のお美しさであらせられる女王様をお映しするには、いささか地味でありましょう」
「この鏡はそう
「そうでしょうとも。このお部屋にあるものはすべて、女王様の大切なお品物。じつはその鏡の秘密も、
その上で
「確かに……。つい今しがた、鏡がおかしなことを言うので
「ですから、もう役にも立たぬ鏡を持っていたところでしょうがないでしょう。どうです、女王様。
これらのドレスやアクセサリーと、鏡を、交換といきませんか?」
女王さまはどこか
「さあ、女王様におかれましては、私に会ったことなどすっかり忘れて、もとの物語へとお戻りくださいませ」
エミールは女王さまにうやうやしくお
◇◇◇
「鏡は、女王の魔法の鏡は手に入りましたか⁉︎」
毎日のように店に
「はい、確かにご用意しましたよ」
「ああ、ああ、ありがとうございます!」
「たまたまですよ、たまたま仕入れがあったんです。品物を指定した仕入れ依頼なんて、受けてないんですからね?」
「ええ、ええ。さあ、買わせてください、その、鏡を!」
「
ヘレナがひょっこり顔を出して言いました。
「さあねぇ。客が買っていった品物をどう
ろくなことにならないことも、多いけど」
エミールはそう言って、
◇◇◇
男は鏡を
「鏡よ鏡。この町で一番美しいのはだれ」
『それは、アリア。西通りのアリアが一番うつくしい』
「そうか、そうか……!」
男はにやりと笑いながら、部屋に並ぶいくつものガラスの
「毒りんごで美しいまま永遠の眠りについた僕のコレクションに、次はアリアが加わるんだ。
ああ、鏡よ鏡。美しい娘を教えてくれる鏡よ。これを所持するのに、私ほど
◇おわり◇
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