踊る色

山野 樹

第1話 滑り降りた紙

かいはいつもそうやって歩いていた。道の端を空気も揺らさないような歩き方で。たくさんの色の絵の具の筆を洗ってしまった水のような、何色かわからないようなそんな世界をまとわせて歩く。


「ねぇ、高柳くんってどうしてそんなふうに歩くの?」


いつだったか、誰かからきかれたことがある。


「え・・・?」


何を聞かれているのかわからず、返答に困った。思い返してみると、他にも似たようなことを言われた記憶がある。


「何か変?」


海は尋ねた。


「うーん。。。なんだろう?なんか、他に人がいないみたいに歩くよね」


「あぁ・・・」


自分でもなんとなくしっくりくる答えだった。


もうすぐ梅雨に入って、空気が重さと暑さを兼ね備える頃。生き物たちの動き出したい熱気が満ちてくる。海が嫌いな季節が始まるところだった。


学校では中間テストが終わり、午前中で解放される特別な日に、生徒たちが何もかもはじけたい粒を無数に抱えて歩いている。そんな同級生たちが、海には眩しすぎて目を背ける。羨ましいのではない。はじけそうで頭が痛い。


生徒たちは足早に、思い思いの場所に散っていく。海はその流れを澱ませるように、一人もたついた足で歩いた。帰りたくない。ここにもいたくない。


自然と向かっているのは、いつも決まって土手だった。居心地がいいとか、心がはれるとか、そういうものではない。ただそこに自然と足が向くのだった。


土手の斜面に寝転がると、海は目を閉じてため息をついた。風はまだ少し爽やかが残るのに、むわっとした水分が熱をこもらせつつある。


土手は野球などの球技ができるように整備されており、遠くで何かの練習の掛け声が響いていた。風景として人が熱くなっているのを見るのは嫌いではない。ただ、そこには触れたいとは思わない。色のない重い膜が、海とその熱い世界との間に隙間なく張られているのだった。


コンビニで買ったおにぎりを食べながら、丸い形の雲がゆっくりと形を変えて過ぎていくのを見ていると、急に強い風が吹き抜けて、砂埃が舞い上がった。


「あっ!」


声のする方がを見ると、白い紙がふわっと舞い上がり、ヒラヒラと宙を舞ってゆっくりと海の足元にすーっと滑り降りて来た。手を伸ばして拾い上げると、そこには絵の具で絵が描かれていた。緑や黄色の淡い色が、ふわふわと揺れるような、不思議な絵だった。


「すみません!」


見るとよろめきながらハァハァと息を切らした少女が立っていた。海は何も言わずに手を伸ばして画用紙を差し出した。


「ありがとうございました」


少女は小さくぺこりと頭を下げ、ゆっくりとした足取りで戻っていった。少女はまたゆっくりと座り、しばらく何かを見つめていたが、また絵を描き始めた。


海は何となく少女の様子が気になって、ずっと眺めていた。少女はいかにも風景画を描いているかのような様子で、景色を見ては描き、描いては見てを繰り返しているのだが、海が見たさっきの絵は、今、目の前に広がるこの景色とは似ても似つかないものだった。何を見て描いているのだろう?さっきの絵とは違うものを描き始めたのだろうか?


その後も少女はずっと同じように、熱心に絵を描き続けていた。

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