第16話 事実

 繰り返すが、江澤も斉藤と並んで私が嫌いなタイプの男だ。

 何が嫌いって、オレ様モテるんです、と自信満々の男ほどイラつくものは無い。

 だが、それが攻め属性となると話は逆転する。強引、執着、放漫といった通常であればネガティブに捉えられる性格も、その持ち主が攻めである時に限り、好ましい長所へと切り替わるのだ。

 それに何よりも、今はモテる男にはモテるなりの理由があることを認めざるを得ない状況だった。

 江澤は、エルサが実は良牙くんであることを知っても、態度が全く変わらなかった。実直に好きを全身でアピールする。

 態度は女のコに対するものと同じで、道を歩けば車道側を歩き、エレベーターでは下に乗る。好きになれば性別は関係ない、命懸けで君を守るというストレートな愛情表現を受けて心が動かない者はいないだろう。

 やはり良牙くんと江澤も、心の距離は少しずつ縮まっていった。

 

 ある日、二人で映画を観に行くことになり、私は待ち合わせの場所まで同行したことがあった。

 仲睦ましく歩いて行く二人の後ろ姿は尊く、その後カフェに入って妄想を膨らませながらマンガや小説のプロットを考えるのは堪らなく楽しかった。ラストはどうしてもどエロに流れ着いてしまい、二人には申し訳なかったが……。

 映画は、切ない恋愛をSFチックに描いて大ヒットしたアニメだった。

「ポップコーンは買ったのかしら?」

「タカが買ってくれました。ハーフ&ハーフのペアセット」

 タカとは江澤のことである。江澤貴文。この頃にはそんな風に呼ぶ仲になっていた。ちなみに良牙くんは、やはりエルサと呼ばれていた。

「ペアセット?」

「ポップコーンのLが一つと、ドリンクのMが二つのセットです」

「ドリンクもLにして、二人で飲めばいいのに」

「それはさすがに。映画に集中できないし」

 だが、ポップコーンを取る時に時々手が触れて恥ずかしかったそうだ。ご馳走さまである。

 斉藤の件では嫌な思いをしたが、ちゃんとご褒美はあった。BLの神様は見てくれているのだ。

 感謝すると共に、今後どうすれば二人の観察を間近で続けることができるのか、知恵を働かせる私だった。



 そして、アンソロの入稿を無事に終えてホッとした直後の日曜日だった。

 朝食を終えた私は、ドリップパックのコーヒーを淹れようと準備をしていた。

 そこに、ようやく父が起きてきた。

 前日も飲みごとがあったとかで、遅くに酔って帰って来ている。

「おはよ。コーヒー飲む」

「ああ、おはぽん。頼むよ」

「お義母さんは美容院だよ」

 父はソファーにだらしなく座り、新聞を開いた。

「梨花も美容院くらい行ったら? 年頃の娘が毎回1000円カットじゃマズイだろ」

「別にいい。お金もったいない」

「これも多様性かね。吉永さんとこの娘さん、中学生なのに、ファッションとか美容には金も時間も惜しまないんだと。金の出処を心配してたよ」

「パパ活じゃない?」

「世も末だな。でも、梨花は素材はいいんだから、もうちょっと自分を飾ってもいいんじゃないか?」

「時間のムダね」

 私は父の前にコーヒーを置き、自分もソファーに座った。

 父がコーヒーをすする。

「ズズズッ……あーうめ。ところで、エルサくんは今日デート?」

「うん、そうだよ」

 何気ない会話だったので、私がことの重大性に気付いたのは、自分のコーヒーを飲もうとカップに口に近付けた時だった。

「お父さん、今、エルサって言った?」

 父は慌てて新聞で顔を隠した。

「そ、そんなこと、言っとらん」

 私は新聞を取り上げる。

「言ったよね?」

 父は天を仰ぎ、そしてガクッとうなだれた。

「うん……」

「いつから気付いてたの?」

「二回目会った時……」

「そんに早く?」

「気付くよ。化粧や服で雰囲気は変えられても、歯並びは変えられない。虫歯の治療の跡が見えた時に確信した」

「歯並び……じゃあ、良牙くんだって、男のコだって知っていたのに、デートを繰り返したんだ」

 父の細い目が、飛び出しそうなほど見開かれる。

「なぜそれを?」

「しかも、舌を絡め合うような濃厚なキスまで」

 今度は泣きそうなほど顔が歪んだ。

「あわわ……」

「あわわじゃない。情けなく狼狽えないでよ。結局、お父さんも良牙くんが好きだったのね。お義母さんがいるのに」

 父はしばらく言葉を探していたが、やがて観念したように話した。

「……そうだと思う……あんなステキなコに、あれほど真っ直ぐに愛情をぶつけられて、揺らがないヤツなんていないよ。性別なんて……関係無かった」

 事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。許されない恋に落ちた親子の二人は、片や性別を偽って他人を演じ、片やそれに気付かない振りをして、理屈では割り切れない思いに苦しんでいたのだ。

 私の心は感動に震えていたが、その気持ちを懸命に抑えた。

「そうね、理解はできるわ。でも、良牙くんは私たちの家族だし、新しい恋に踏み出そうとしている。お父さんには、いつまでも気付かなかった振りを通してほしいの」

「もちろん、そのつもりだよ……で、新しい恋人って……」

「男のコよ。私の同級生。バレー部の二大エースの一人で、とってもモテるの。良牙くんのこと、最初は女のコだと思って好きになったのだけど、男とわかっても、全く気持ちが揺るがなかったわ」

「そうか……漢気のあるヤツなんだろうな。良牙くんには、今度こそ幸せな恋をしてほしいよ」

 私は父が少年のように見えて、思わず頭を撫でてしまった。

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