第六話 幼馴染たちの初恋と永遠の失恋


 恋を確かに知った匠海の様子がおかしかった、そんな放課後、軽音部部室。

 彼は兎に角落ち着きがなく、ずっと顔が仄かに赤くて、姉に、熱でもあるのかと心配されていた。

 意地悪な先輩が知った口で「恋でもしたんじゃね?」とからかったから、余計言動がぎこちなくなって、相手は誰だと元貴が騒ぎ出してしまい、匠海はもうやめてくれと叫びたくなった。


 一方、華澄は、さっきから、部室にあったある雑誌から目が離せない。


「ねぇ、男って、そんなにおっきいおっぱい好きなの?」


 それは、鉄郎が持ち込んだとみられるグラビア雑誌(巨乳特集)。

 汚いものを見るような目で雑誌と男たちを睨む華澄。

 華澄が貧乳を気にしていることを知っている匠海と、なんとなく華澄が自分たちを汚物としてみてるような気がした鉄郎は、気を効かせて、女は胸じゃないぞ! と力説するが、此処には能天気おっぱい大好き馬鹿野郎がいた。


「おっぱいはおっきいに限るよ~。ふわふわもちもち!! 憧れ……もがっ!?」


「「馬鹿!!」」


 匠海と鉄郎は急いでその大馬鹿者の口を塞ぐ、が、華澄の顔色がもう怒りに満ちていて、背後に般若でも見えそうな勢いだった。


「……てつセンパイ、匠海に、そこの馬鹿も。あたしに見えるところでこういうの見ないで」


「「「……はい、すいませんでした」」」


 男って、ホント馬鹿!! と吐き捨てて、相棒の手入れを始める華澄から少し離れた所で男たちは責任の擦り付け合いをしていた。

 結果、女子もいる部室にグラビア雑誌を持ち込んだ鉄郎が有罪、巨乳至上主義の馬鹿が次いで有罪、匠海は苦労しているなということで無罪になった。


 そんな事があったのが金曜日。

 次の日、土曜日は空手部の休養日で、朝から鉄郎が遥の家に遊びに来ていた。


 昨日の華澄は怖かった、と語る鉄郎。


「それは全体的にお前の配慮不足。お前が悪いよ。俺が華澄ちゃんだったらお前を死刑にしてたかも」


「うちの女子共が逆にグラビア雑誌に興味津々だから失念してたわ。でも、死刑はやりすぎだからな?」


 鉄郎が持参したパックのコーヒー牛乳を啜りながら怖いことを言う遥だが、そんなことはこの幼馴染にしか言わない。

 それだけ、鉄郎を信頼しているし、鉄郎も分かっているから軽口をたたく。


 持参したブラックコーヒーを飲みながらため息を吐く鉄郎。

 『うちの女子共』とは鉄郎の姉と妹の事である。

 鉄郎には姉と妹が一人ずついて、彼は三人兄弟の真ん中なのである。意外にも。

 だから、女の扱いはまだ分かっているはずなのだが、如何せん、荒木家の姉妹は遺伝によりどちらも巨乳、しかもグラビアアイドルとかいうジャンルも結構好きで、鉄郎が部屋で見ていたりすると、部屋に入ってきて一緒に見る。なんて奇怪な状況にもなる為に、グラビア、巨乳アイドルが嫌い、苦手な女子がいるということを忘れて部室に雑誌を放置していたのだった。


「お前、生徒会室でも見てるでしょ。副会長なんだから自覚もってよ」


「はいはい、さーせんさーせん。お前はおっぱい好き?」


「は? この流れで何それ」


「いや、お前って性欲あんの? 想像つかんから」


「想像すんなよ」


 はぁー、っとわざとらしくため息を吐く遥。

 しかし、鉄郎は何故かニヤニヤいやらしく笑っている。


「何?」


「お前、匠海の事、好きだろ」


「ぶっ……!! は、はぁ?!な、なん、で」


「はい、ビンゴー。あれだろ? 楽器屋で一目ぼれしたんだろ?」


 飲んでいたコーヒー牛乳を吹きそうになった遥。

 相手もきっかけもビンゴもビンゴ過ぎてもう言葉が出ない。

 ぐぬぅぅぅぅぅ……! と恨めしそうに幼馴染を睨む。


「はいはい、あいつらには言わないから」


「言ったら絶交する」


「子供かよ。まあ、お前からの絶交は一番効くわ」


 鉄郎は遥が大切だった。


それこそ、恋焦がれていた。

 その美しい容姿に、綺麗な声に、カリスマ性に、天才的な才能に。

 だから、この遥の初恋は、憎らしい。


 どうして、自分じゃないのか。

 どうして、ずっと一緒にいた自分じゃなくて、ぽっと出の坊ちゃんなのか。


 気づいたのは、ずっと遥を見ていたからだった。

 だから、遥の些細な変化に気づいた。


 絶望した。

 もう叶わない。

 叶わなくていい恋だった筈なのに。

 だから、中学時代は色んな女を抱いて愛そうとしたのに。


 でも、愛せなかったんだ。

 お前しかいらないのに、なんで、どうして。


「……てつ?? え、な、なに??」


 鉄郎は遥を床に押し倒していた。


「……あいつとこういうことしたいの?」


「は、はぁ?! ば、馬鹿じゃないの?! お前がちょっと女経験あるからって!!」


「……はる」


「……てつ、ろう?」


 気づけば昔の呼び名で呼んでいた。

 そうすれば、自分の恋に気づかなかったあの頃に戻れる気がした。


 鉄郎は、遥を押し倒したまま、彼を見下ろし、泣いていた。


 叶わない恋を忘れようとした。

 しかし、涙と一緒に流れてはくれなかった。


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