第四話 いざ、軽音部へ


 部活説明会が終わり、教室に戻って担任から今後の日程やらを聞き、課題の提出をしてようやく新入生は高校生活一日目の必修行事を終える。


 匠海は華澄が作った弁当を広げながらiPhoneをいじっていた。

 どうやら華澄は仲良くなったクラスメイトと少し話をしてからこちらに来るらしい。


 椅子を匠海の方に向けて座り、母特製の弁当を広げながら元貴はチラチラ匠海の様子を伺っている。

 元貴は元貴で、先程の己の、華澄への失言に気づき反省しているのだ。


「華澄、クラスでちょっと話してから来るってよ」


「どーしよー……。胸の話、禁句だったみたいだよね? めっちゃ怒ってたよね? 一緒にバンドやりたくないって言われそう……。てか、言われた……」


 どうしよう、どうしよう……。と落ち着かない元貴。


「まあ、胸の件に関してはオレも悪いから、一緒に謝ろう。てかさ、お前はオレたちとバンド組む気満々なの?」


 誘ったのは自分だが、やけにやる気満々な元貴に少し聞きたくなって、聞いてみた。

 自分たちと一緒に音楽をやってくれるのかと。


「あったりまえじゃん! 匠海とは気が合う気するし、華澄ちゃんは凄く可愛いし、ドラムの先輩って説明会の人でしょ? マジかっこよかったし! おれはまだ楽器出来ないけどみんなと音楽やりたいなって思ったんだぁ」


「……合格」


「「?!」」


 向かい合って話をしていた匠海と元貴。

 机に人影が被ったと思ったらそれは少し不貞腐れたような華澄で。

 唇を少し尖らせてそっぽを向き、視線だけをこちらに向けていた。


「華澄、単純だな」


「うるさいよ、匠海。ここまでやる気出されてたら断れないじゃん。あ、ねぇ、この席の椅子使っていい?」


「いいよいいよ! ささ、むさくるしいとこですが!」


「ありがと!」


 元貴のやる気に、貧乳を馬鹿にされた悔しさは少し消えたようで。

 匠海の右隣の空いていた席の椅子を匠海たちの元に引き込んで、華澄も笑顔で話の輪に入り、弁当を広げ始めた。


「おかず、匠海と同じだね! カラフルで美味しそう! 二人のママさんって栄養士かなんかなの?」


「「……」」


 双子の、カラフルで栄養の考えられた弁当を見て、元貴は幻想を描く。

 彼らには、もう親などいない。


「いや、弁当は、ってか料理はあたしがやってる」


「オレらの親、仕事忙しくてもう何年も家に帰って来てないから。ちなみに洗濯はオレがやってる」


「掃除はローテーションでね~」


 小学生の時からだからもう慣れた。と言う双子に、元貴は一瞬申し訳なさそうに「ごめんね」と言うが、すぐに華澄が作った美味しそうな弁当を称賛し始める。


「でも、すごいね! こんな美味しそうな料理、そうそう作れないよ? 将来はきっといいお嫁さんになるね!」


「華澄はやんねーぞ」


「黙れ匠海。このシスコン」


「オレはシスコンじゃない」


「匠海はシスコンだよ」


 華澄と元貴にシスコン認定され、今度は、匠海が不貞腐れた。

 先ほどの華澄の表情と瓜二つだった。


 なんだかんだあったが、三人は気が合うようで、和気藹々と雑談しながら弁当を平らげていく。


「ふ~、お腹いっぱい!!」


「「ご馳走様でした!!」」


 食べ終わって時間を見ると新歓にはまだ早いが、軽音部は出ないしあの先輩ならもう音楽室にいるだろうと、三人は弁当を片付け、双子は相棒とスクールバッグを、元貴はリュックを背負い事前に渡されている校内図を見ながら教室を出た。


 校内図と、今日部活説明会で渡された部室案内を照らし合わせる。

 専門教室棟にある音楽室Ⅰは放課後は吹奏楽部が使用しているらしい。

 軽音部が使用する、音楽室Ⅱ、基、軽音部部室は文化部部室棟の端にある。

 この扱いの差はなんだろう。

 会ったら鉄郎に聞いてみようと三人は思った。


 華澄たちが通うこの学校は名門進学校だけあって、敷地が広い。

 それぞれのクラスが入っている教室棟と渡り廊下を繋いで中庭を挟んだ、音楽室や家庭科室などの入った専門教室棟に、入学式、卒業式などの行われる講堂に、体育館が大小三つ。

 武術棟も空手部と剣道部もあるため二か所あり、部室は運動部、文化部とで場所が離れている。


 広大な敷地の校内移動は新入生には難易度の高いクエストの様だ。


 『三人いれば文殊の知恵』というが、華澄、匠海、そして元貴は、校内図を見て三人であーだこーだ言いながら、通りすがりの先輩に聞いたりして、音楽室Ⅱ、基、軽音部部室に辿り着く。


 中からは、微かにドラムのリズミカルな音。

 ドラムに関してはあまりよくわかってない三人だがそれでも、叩いている者のテクニックが上物であることはわかる。

 三人は、ワクワクしながら、軽音部部室の扉を開けた。


 音楽室Ⅱ、基、軽音部部室は、部室棟にあるのにも関わらず音楽室Ⅰと違うところを上げるとすれば広さと、設置してある楽器の種類くらいのものだった。防音も多少効いている。

 乱雑に配置された数セットの椅子と机の上には音楽雑誌とグラビア雑誌が置かれ、棚には楽器の教本やバンドスコアらしきもの、何代か前の先輩たちだろう生徒が写った写真たちがある。

 部室にある楽器と言えば、鉄郎が叩いているドラム、そこから少し離れた位置にキーボード、棚の横にギターとベースが二本ずつ。


 最低限揃っている。


 おお……。

 新入生三人が感嘆していると、鉄郎は演奏をやめ、ドラムセットの中からニィと笑う。


「いらっしゃい。そっちの馬鹿っぽいのは勧誘したのか?」


「そうみたい。匠海と意気投合したベース希望の馬鹿君でーす」


「え?! 馬鹿っぽいのっておれ?! ひで~!!」


 鉄郎と華澄に『馬鹿』扱いされたのにも関わらず、笑っておどけてみせる元貴。

 元貴は華澄たちは鉄郎と知り合いらしいからと、鉄郎に自己紹介するも、「柏木? 柏餅? あーもう、めんどくせぇ。お前は今日から『餅』だ」とちゃらんぽらんな返しをされ、流石に元貴でも怒るか? と双子もヒヤヒヤしていたのだが、元貴は元貴で「やった!! あだ名だ!!」と喜んでしまい、まさかの出来事に、これを予想していなかった元貴以外はずっこけた。


「「『餅』でいいんかい」」


「え? そのあだ名可愛くない?」


「気にいったならいいけど。餅はベース弾けんの?」


「いんや? 楽譜もギリ読めるくらい」


 鉄郎は、楽譜もほぼ読めない初心者の元貴を連れてきた匠海を一瞬睨むが、気まずそうにしていた匠海には何も言わず、部室の棚から教本を取り出す。

 そして、赤と黒はどちらが好きかと元貴に聞く。

 部室にあるベースは赤一色と黒一色の二本で、それに気づいた元貴が元気に「黒!」と返事した。


「俺はこいつに基本教えるから、今日は双子は自分の苦手なの練習しとけ~」


「「苦手……。わかった」」


双子がケースから相棒を取り出すと、鉄郎が「ギブソンとか金持ってんのかお前ら!」と茶化し、双子が口をそろえて「「愛のないパトロンがいるんだよ」」と悲しく笑うから鉄郎は何となく察して、なんかあったら聞いていいからと双子に告げ、元貴の方に向かう。


「餅にはこの黒を貸してやろう」


「いいの?!」


「期限は卒業まで」


「わーい!」


「ただし、入部するならの話」


「匠海たちが入部するならする!」


 フンスっ! と鼻息荒く高らかに宣言する元貴に、相棒のチューニングを始めていた双子がニッと鉄郎に笑う。


「センパイ、あたしたちはもう入部届書いてあるんだけど」


「そのベースって誰の? 借りてていいやつなんっすか?」


 双子は入部届を鉄郎にニコニコしながら手渡し、芋ずる式に元貴の入部も決定したことで、この黒のベースは誰の所有物なのか、借りてていいのかと問う。

 すると、これは鉄郎の二学年上の元部員の先輩が卒業記念に新しいのを買うからと置いていった品だというので、元貴はその場で入部届にサインをし、鉄郎に手渡し、代わりにその黒のベースを受け取る。


「入部届は俺が責任もって顧問に渡すからな。後悔しないな?」


 双子はまだしも、元貴に至っては成り行きで入部したようなもの。

 途中で退部もできるがそんな寂しいことは先輩である鉄郎はしてほしくない。

 念押しで三人に問いかけると、三人は口々に「「「後悔なんてしないよ!!」」」と鉄郎に笑った。

 鉄郎は何か救われた気がした。


 一学年上と同級生にも昨年は部員がいたものの、それぞれのバンドで揉め事が起き、相次いで退部、そして他の部に転部していってしまい、残ったのは鉄郎だけだった。


 鉄郎は、音楽が好きだった。音楽大好き一家に生まれ、幼いころから色んな楽器を愛でてきた。すると、いつしか大抵の楽器は弾けるようになった。

 一番得意なのは、ドラムではなく、見た目によらずピアノなのだが。


 一年時、吹奏楽も考えたが、だが、歴史ある軽音部が好きで、フランクな先輩たちが好きで、成り行きで始めたドラムもいつしか愛してしまい、軽音部から抜け出せなかった。


 鉄郎自身が楽しい先輩たちに可愛がってもらった様に、自分も軽音部の可愛い後輩たちを楽しませたかった。


 ああ、こいつらと早く音楽がやりたい。

 鉄郎は、不敵にニィと笑い、元貴にベース講座を始めるのだった。


「……なんなの」


「??華澄??」


「なんでもない」


 不意に見てしまった。

 あの不敵な笑み。

 ドキドキドキ……。


 華澄の心臓が、忙しなく鼓動を打ち鳴らした。


 華澄の仄かに赤らんだ頬と、僅かばかりの鉄郎への熱視線……。

 彼女の異変に気づいたのは一人だけ。

 匠海だけが姉の微かな恋心に気づき始めた。


「(きっと、華澄は鉄郎先輩を……。オレはどうやったら姉ちゃんを応援できんだろう)」


 ぼぅ、とそんなことを思った。

 『恋』ってなんだろうと、思った。


 そして、ふと、あの聖母のような生徒会長を思い出す。


 ぼぼぼぼぼっ!!

 匠海の顔が一気に赤らんだ。


「(いやいやいやいやいや、待て待て待て!!)」


 『恋』について考えていたのに、頭に浮かんだのは、ぶりっ子の巨乳女子ではなく、女顔でもれっきとした男で。同性で。

 まさかの事態に変な汗が止まらない。


「匠海、どうしたの? なんか変」


「へぁ?! い、いやぁ? なんでもねぇよぉ?」


「(あの人のこと思い出したのかな。すけべ)」


 華澄は、何となく弟が、あの聖母のようなお兄さんの事を好いているんだろうなと思う。

 それは、宗教や国によっては禁忌とされる愛で、今の時代も偏見の多いものだが、彼女は特に気持ち悪いとか思わなかった。というか、実はそういった恋を題材にした作品を好きな女子、所謂、腐女子だったりする。

 ただ、前途多難な恋をした弟をめいいっぱい応援してやろうとは思う。


 華澄も、匠海も、軽音部ではお互いを冷やかすことはしなくて、密かにお互いを応援しながら、一生懸命にただひたすらに自分たちで作った曲の苦手なコード編成の練習などをしていた。


「双子、それ自分たちで作ったんか?」


 元貴にベース指導しながら、隣から流れてくる双子の曲に、鉄郎は色んな音楽を愛でているはずなのに聞き覚えがなくて、思わず彼らに問いかけた。

 ワクワクした。

 既存の曲をコピーするのも楽しいが、作曲をする幼馴染を持つ鉄郎はそのオリジナル曲に触れる楽しさも知っている。


「え? うん」


「歌詞もあるけど、歌う?」


「え?! 二人って作詞作曲できんの?! すげーね!!」


 元貴もオリジナル曲を持つ双子に尊敬の意を示す。

 鉄郎も、元貴も聞く気満々になってしまったので、双子は「「仕方ないな~」」とやる気満々になる。


 ギターを、構える。


 切ない旋律が流れ始め、瞳を閉じていた華澄がすぅっと息を吸って……。


『ねぇ、昔は手を繋いで出かけたね。

 たくさん出かけたわけじゃないけど、楽しかったんだ

 私は楽しかったんだよ。


 ねぇ、今どこいいるの?

 ねぇ、今何してるの?

 ねぇ、今誰といるの?


 「愛してるよ」と囁く貴方の声が、

 涙と一緒に流れて消えていくよ

 貴方との思い出がただの記憶になって

 段々薄れていくの

 嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ


 ねぇ、もう一度「愛してる」と囁いてよ


 ねぇ、私が「楽しいね!」と笑うと、貴方も笑ったね

 その笑顔がぎこちないことを知らない振りしたの

 私は、ずるい子だね


 ねぇ、今どこいいるの?

 ねぇ、今何してるの?

 ねぇ、今誰といるの?


 私は今でも貴方を愛してるんだよ?


 お願い、帰ってきてよ……


 また、笑いかけてよ……


 また、抱きしめてよ……


 ねぇ、愛してるの……、嗚呼


 「愛してるよ」と囁く貴方の声が、

 涙と一緒に流れて消えていくよ

 貴方との思い出がただの記憶になって

 段々薄れていくの

 嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ


 ねぇ、もう一度「愛してる」と囁いてよ……』


 華澄も匠海も切羽詰まった演奏をする。

 この曲は彼らが中学三年の時に寂しさのあまり作った曲。

 恋愛の曲などではない。両親への思慕の曲だ。


「ふぅ。どうだった?」


「オレたちが初めて作った曲だからまだ、なんつーか、アレだけど」


 曲が終わると照れくさそうに笑う双子。

 あんなに泣きそうな切羽詰まった演奏をしていた人物と同じとは思えない。


「え……、すっごいね……?」


「お前らどんな恋愛したんだよ……。これはライブでウケるぞ」


 やはり、恋愛の曲だと、鉄郎は勘違いする。

 それを、演奏しているときのような悲しい顔をして匠海が否定する。


「オレたちに『愛のないパトロンいる』っていたじゃん。あれ親なんだよ。もう五年は会ってない。多すぎる生活費送ってくるだけで、もう、家族じゃない」


「あ、さっき言ってた、あの話に繋がるんだね……」


「うん、だから、恨みながら作ったんだぁ」


 華澄が「だからこれは怨念の曲」と、泣きそうに笑うと、鉄郎は困ったように笑い、双子の頭を優しく撫でまわした。


「「わわっ!?」」


「しょーがねぇ親もいるもんだな。ダイジョーブ。お前らは独りじゃないじゃん」


「「!!」」


 鉄郎がいつもみたく豪快に笑うから、そして、元貴も笑顔で抱きついてくるから、なんだか緊張の糸が切れて、双子は泣き出してしまった。

 苦しかった、悲しかった、寂しかった、つらかった……。


 もう、両親を恨むのは辞めよう。この曲を歌って泣きそうになるのは辞めよう。


 もう、自分たちは一足先に親から自立したんだと思おう。


 双子は、少し大人になれた。


 そんな気がした高校生一日目だった。



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