大きな大きなパンケーキ

梅林 冬実

大きな大きなパンケーキ

パンケーキはこの店の名物で

フルーツたっぷりクリームたっぷり

ボリュームがあって大人気 なのだけど

メニューの写真を見ただけで満足してしまうというか

あの量は食べきれない

食べ物を残すのはよろしくない

だから食べたくても食べられない


子供の頃に絵本で見た

王妃の頭上に燦然と輝くティアラみたい

色とりどりのフルーツが宝石のように煌いている

胃袋がもう少し頑丈なら注文するのにと

見る度思わずにいられない 超逸品


大きな大きなパンケーキ

店の一角 誰もに見られるその席で

ただひたすらに貪り食う女

メイクはしていないみたい

こちらからは黒ぶちメガネをかけた横顔が見える

あと やたら印象的な 短めにカットされた前髪

襟にあたらない程度の長さの髪は 特に梳かしていないみたい

水色と白の細いストライプ柄のシャツは 着古した感があって

体格は少し太めの


食べる勢いがあまりあるから

周囲が自然とその人を眺めるようになって

お皿の半分食べ終えた今は 店内が嘲笑で満ちているのに

その人は一心不乱に パンケーキを貪り食う

一切の躊躇ない食らいっぷりは 実に心地いい


その女性の斜め前の席にかける 若い男2人が特に酷い

その人の様子を実況してしまう どうしようもなさ


だけどその人はパンケーキを器用に切り取り

口に運ぶナイフもフォークも休めない

店に満ちる冷ややかな空気に惑わされることなく

パンケーキを食すことに 没頭している


私なら食べるの止めちゃうけどな

いけないことをふと思ってしまう


ひょっとしたらこの人に 何か起きたのかも

悲しみなのか辛さなのか分からないけれど

歓迎すべきことでない何かが起きて

どうにもならなくなって ひとり

カフェに入って大きなパンケーキを注文し

それと対峙しているのかも


ただの想像だけれど 

そんな風にひとたび思い始めたら

それが正解になってしまうのは 私の悪い癖


気付けば私はさっきから嘲ってばかりの

男性2人を凝視していた

不意にこちらと向き合う場所に座る男が

気まずそうに顔を伏せ

背を向ける男に何やら合図する

二人ともちらとこちらを盗み見て 急に静かになる


絡まれたらどうしようと 脈拍が上がるが

冷笑されていることに 微塵も気付く様子のない女性は

大きなパンケーキを食べ終え

くいとコーヒーカップを口に傾ける

ふっと一息ついてすぐ 店員に声をかける


「フルーツタルトください」

「あと紅茶も」


男たちは何も言わなかった

彼らと女性を遠巻きに薄笑いしながら見ていた聴衆も皆

示し合わせたように知らん顔している


単にフルーツ好きな人なのかも


そう思い直してレモンティーに手を伸ばす

静かなカフェ 男2人の方がよほど悪目立ち

さっきまで女性を余すことなく蔑視していた

中年の男女を眺める

どちらも一目でそれと分かる

ハイクラスなものを身に着けているけれど

どちらも一目で分かるほどに

人間的魅力が欠落している


よし!と心内で自分に喝を入れる

気合をためて店員に合図する


「パンケーキください」

「あとコーヒーも」


合図した男がこちらをちらり見たが 知るものか

貴様らのプライドなど 私には無価値だ


時を同じくして同じ店に入ることができた

こんな素敵な人と暫しの時間 共有できるのなら

人生の大ジャンプ飛んでやろうじゃないの


洒落たカフェという舞台で

パンケーキを美味しくいただく


その人はもうタルトに手を付けている

給仕早かったね

私のパンケーキが届くまで ちょっと待ってて

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大きな大きなパンケーキ 梅林 冬実 @umemomosakura333

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