故郷の星に帰りたい
例えば、大好きなバンドのライブに赴く。
平日夜の開催であるため、半日の有給休暇を取得している。ライブハウスまでは電車で片道1時間以上かかるが、大好きなバンドのライブを観るためならそんなことは瑣末な問題だ。私はワイシャツの下に着込んだバンドTシャツをいつお披露目しようかとソワソワしながら電車に揺られる。ライブハウスに着いたところで異変に気が付く。やけに人の気配がない。しかも、ライブハウスに灯りがついていない。慌ててそのバンドのホームページを確認する。そして、ライブが延期になったことを知る。
例えば、冷凍唐揚げを電子レンジで温める。
唐揚げをラーメンどんぶりに注ぐ。私は全ての"皿の必要性"をラーメンどんぶりひとつで賄っている。タイマーのつまみを回し、パッケージの裏面に書いてある所要時間にセットをすると、電子レンジはヴーと唸り始める。私は電子レンジの前をしばし離れる。数分後、「チン」という音に呼ばれ、電子レンジのところまで戻る。見ると、ラーメンどんぶりが電子レンジの外に鎮座している。中には冷凍されたままの唐揚げが転がっている。
例えば、紅茶を淹れる。
私はやかんでお茶を沸かし、マグカップを用意する。戸棚からスティックタイプの紅茶を取り出し、包みの「キリトリ」から封を開ける。そして、流れるように切れ端をマグカップに入れ、本体の方をゴミ箱に投げ捨てる。
私はこういった冗談のような失態を頻繁に犯す。日々、ヘンテコなミスを重ね、「助けてくれ~」と思いながら生きている。
これらはプライベートな場だけで起こる訳ではない。職場でも同じような失態を繰り返している。ちゃんと27枚数えた書類が他の人が数えると31枚だったり、生徒と一緒に絵しりとりをしていて職員会議をとちったり、ドーナツを食べていて授業を忘れたりしている。私が医療の現場や飛行機の格納庫にいないことを感謝して欲しい。
こういった失態を演じたあと、私は一丁前に落ち込み、「もっと色んなことに気を付けて生きよう」と心に固く誓う。しかし、対策として「気を付ける」だけを取り入れる組織や人間は須く同じ過ちを犯す。私も例に漏れず、5分後には鍵をゴミ箱に放り込んだりしている。周囲の人間も同じようなものと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。これは私に元々備わっている性質である。
このような失態を犯すたびに私は思う。「人間、難しい」と。
人間として起伏しを送ってはいるものの、常にしっくりきていない感覚がある。もしかしたら、私の故郷はこの星ではないのかもしれない。そう考えることがある。どこか遠い銀河に私の本当の故郷があり、そこから何かしらの理由で時空を飛び越え、この青色に茶色と地味なカラーリングの星にやってきてしまったのではないだろうか。こんな、貰うお金と使うお金の両方に税金が掛かるような変な星に。もう、そうとしか考えられない。早く自分の星に帰りたい。
私は、いつか自分の星に帰れる日を心待ちにしている。
そこでは、星人誰もが私のようにヘンテコな失態を重ねている。買ってきたトイレットペーパーがいつの間にキッチンペーパーになっていたり、「いつものやつだ」と乗り込んだバスが交差点を知らない方向に曲がったりなんてことは日常茶飯事である。小学生はランドセルを学校に忘れ、大人は通販で買ったケーブルの端子がパソコンに対応していない。
しかし、そういうものとして社会が成り立っている。誰もそれを咎めないし、社会的に許容もされている。この前なんて、全星大統領が退任時期を間違え、任期を2年も過ぎていたことが発覚したが、彼は頭を掻きながら照れるばかりであった。星人たちは「も~~」と呆れるポーズをとるものの、どこか嬉しそうである。ヘンテコなミスは愛嬌としての側面も持つ。私が職場で意味不明なボタンを間違えて押し、パソコンを爆発させると、影では可愛らしい同僚の女性がそんな私を見て惚れる。こんなこともあるだろう。
その星は爛々と輝き、私の帰りを待ってくれている。
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