10回叩いて貯金を増やそう
住民税と保険料を払わなければならない、らしい。
税や保険料に対して知らん顔で生きていたら、役所から「ちゃんと払いましょうね」という書類が送られてきた。これ、私も払わないといけないやつなんだ。できれば払いたくないんですけど。「住民税ってなんだよ、住んでるだけじゃん」「保険料を払ったせいでお金がなくなり食べ物が買えず医者のお世話になる、マッチポンプか」などと悪態をついてみるが、払う以外の選択肢は修羅の道だ。払うしかない。マッチポンプでもないし。
ATMでお金を下ろす。お札を握りしめてコンビニへ行き、税金と保険料を払う。お金を払うのが嫌すぎて奇声をあげそうになったが、口の中で「んんんんん!!!!」と押し殺す。住民税を払ったことだし、これからは公道をたくさん踏もう。
住民税と保険料を払ったら、お金がなくなってしまった。
お財布にあった一抹の翳りが広がって、今では大きな闇となって私を飲み込んでいる。東京のひとり暮らし、何かとお金が入り用だ。しかし、お金がない。なぜか。原因がわからない。多分、そういう星の元に生まれたのだろう。ついこの前まで無職のくせに海外でぷらぷら暮らしていたことや、島根から東京への引越し資金として当てにしていたハイトワゴンを事故車にしたのはあんまり関係なさそうだしな。
ともかく、お金がなくて困っている。翌月の給料日まで持たない可能性がある。職場まで歩いて通勤し、交通費を浮かせるしかない。まさか、足腰に生活を託すことになるとはね。
人生上の困難に直面すると、頭をよぎるネット記事がある。
それは「シイタケ栽培において、原木(ほだ木)を10回叩くだけで収穫量が激増した」というものだ。シイタケ菌を植え付けた原木に10回ほど振動を与えると、シイタケの収穫量が躍増することが実験で明らかになったらしい。原因は不明だそうだ。
私はこの記事を見た時に思った。
「人生もこうであれ」と。
人生って、ちょっと難しすぎるから。
働かないといけなし、税金を納めなければならない。28歳にはそれ相応の社会的責任が求められる。私もなけなしの社会性を振り絞り、降ってくるタスクをちぎっては投げ、ちぎっては投げと処理しているが、全く追いつかない。私の中のプリキュアが「一難去ってまた一難、ぶっちゃけありえない」と言っている。そして、抱えている問題が片付かないうちにまた新たな問題が発生し、もう地層のようになっている。ボーリング調査をした方がいい。問題を解決するために、ああでもないこうでもないとこねくり回しているが、全然うまくいかず、途方に暮れている。
片や、シイタケである。10回叩くだけでいい。簡単。
全ての問題がこれくらい簡単に解決できればいいのに。
とりあえずはお金の問題だ。通帳を10回ほど叩いてみる。「頼む!」と念じながら開く。そこには依然として慎ましい数字が描かれいる。世界はシイタケのように甘くはない。
いや。
もしかしたら、逆なんじゃないか。
逆かも。
人生って、これくらい簡単なのかもしれない。
シイタケの攻略法が「10回叩く」と、簡単なものであったように、世の中に跋扈する諸問題の解決も簡単なのではないか。ただ、その攻略法を見つけるが難しいだけで。テレビゲームで行き詰まったとき、コントローラーをいい加減にガチャガチャと動かしていれば、ふとした拍子に抜け出すことがある。世界って、こんな感じかも。私が貧困を抜け出す方法だって、まだその攻略法を見つけていないだけで、存在はしているのだろう。ガチャガチャとやっていれば、攻略できるかもしれない。
とりあえず、通帳を枕の下に入れて寝てみる。目を覚まして通帳を開く。そこには相変わらず控えめで可愛らしい数字がある。そのあまりの可愛らしさに、私は通帳をギュッと抱きしめる。
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