天下布武 Second

やざき わかば

天下布武 Second

 俺は戦国に生きた武将。天下に号令をかけること目前だったが、部下に裏切られ、燃え盛る寺の夢の跡となった。


 志半ばで斃れることを『良し』としなかったためか、神を名乗る妙な男に未来へ連れていかれ、その時代で天下を目指したものの、また火の車にやられ、失意のどん底だ。


 神のやつは簡単に「命があるんだから、他で天下を目指せ」と言ってきたが、他に俺が天下を目指せそうなものはあるだろうか。鷹狩りは何か違う。確かに好きだが、この時代だとどうも、あまり普及していないようだし、そもそも鷹の世話など、部下に任せていたので知らぬ。


 射撃もどうか。運用は得意だと自負しているが、自分で的に当てるのは、あまりやっていなかったように思える。もちろん人を撃つのは自信があるが、それはこの時代ではまずいらしい。


 同じ理由で、剣術も槍術も弓術も、戰場で腕は磨いてきたが、天下は広い。俺のような叩き上げが頂点を狙うのは少し厳しいだろう。何しろ、この時代の稽古の方法は、俺の時代よりも遥かに洗練されている。


 では何があるのか、四畳一間の貧乏長屋…風呂無し便所共同である…で考えていると、神のやつが不意に訪ねてきた。


「よぉ、邪魔するぜ。元大会社の社長ともあろうものが、シケたところに住んでんじゃねぇか」

「黙れ。無駄は一切削ぎ落とす。寝て用を足せれば良いのだ。風呂は近くに銭湯がある」

「すっかり馴染んじまったな。まぁいいがよ。なんか悩んでいるみてぇだな」


 俺は、自分の考えを神のやつに聞かせた。


「ふぅん…? お前さん、ひとつ大事なことを忘れてねぇか」

「何をだ」

「お前さん、相撲が得意で大好きだったろう」


 そして、俺はプロレスラーとなった。


 ある大手のプロレス道場に入門し、めきめきと頭角を現した俺は華々しくデビュー。相撲ではないが、神のやつの「お前さんは派手なのが好みだろう」という一言で、こちらに決めた。


 これはいい。俺にぴったりだ。何より、やはり身体を動かすことは楽しいし、派手な技を練習し、それが自分のものになり、対戦相手に決まったときなど心が躍る。


 とは言え、こういう世界は上下関係が非常に厳しい。俺の時代もそうであったが、先輩レスラーに理不尽な物言いをされたときには、我慢をすることに非常に苦労した。まぁ、試合で発散してやったが。


 元々、俺は身体能力が高いのだ。それが現代の鍛錬方法を行う。しかも精神は戦国時代となにも変わっていない。眼力が違う。気迫が違う。この時代のレスラー、いや、この時代の全世界、全武術者が俺と対峙しても、俺は勝つだろう。


 人の生き死にに携わった人間は、強いのだ。


 事実、俺はシングル、タッグ、世界、統一、デスマッチ、全ての賞を総ナメにした。たくさんのチャンピオンベルトとやらが手に入った。もはや俺に勝てる者は誰もいない。


 最近、同僚のレスラーに教えてもらったSNSとやらで、俺は自分の存在と強さを誇示した。天下に号令をかけるためには、下々の者にその存在をさらに知らしめることが大事なのだ。


 そう、賢明な読者の皆さんなら、もうこの時点で読めただろう。俺のそのSNSの発言が大炎上を起こした。曰く「調子に乗るな」「強いのは認めるが、対戦相手に敬意を払うべきだ」「お前は何様だ」「サインください」などなど。


 俺はこれを収めるために、フォロワーたちに弁解し、宥めすかしたが、その態度も気に食わなかったらしい。さらに炎上が広がった。どうしろと言うんだ。


 俺は神のやつを呼び出した。


「お前さん、また燃え上がってんじゃねぇか。まさか、わざとやってるんじゃねぇか。ははーん、さては火属性だな」

「黙れ。なんだこの状況は。強い俺を好きなのだろ、こいつらは。何故チカラを誇示したらここまで大荒れになるんだ」

「あのなあ。お前の時代には、お前に文句を言うやつがいなかったとでも思っているのか? お前に文句を言う農民もたくさんいただろうさ。だが、お前を好きで居てくれるやつの言葉にかき消されてただけじゃねぇのかい?」


 どういうことだ。


「それがわからねぇから、部下に裏切られたんじゃねぇのかい」


 俺は愕然となった。俺はまた、『強い人間の下に、他人はついてくる』と、勝手に考えていた。そうではないのだ。この前、商いで失敗したときに痛いほど教えられたではないか。


 俺はまたやってしまったのか。俺の様子を見た神のやつが、こともなげにこう言った。


「バカかテメェ。炎上なんざレスラーの勲章だろうが。大体、まだまだ頑張れるんだ。このままレスラーでいるも良し。他の道を探るも良し。本当に天下を穫るまで、死ぬ気でやってみろや」

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