第15話 side王立魔導工房1

「工房長っ」

「事務のサリドネか。いま忙しい。あとにしろっ」


 事務員姿のサリドネと呼ばれた中年の男性が、王立魔導工房の工房長の部屋で焦った様子で話していた。


「し、しかし。王都内にて異界化の兆候があると報告があがって来ておりまして……」

「ふん、どうせ何かの見間違いだろ。調査だけ、いつものやつらにやらせておけばいいだろう」

「それが、いつも担当していたザーランド魔導師が辞めてしまっていて……」

「なにっ? ザーランド……ああ、カレン=ザーランドか。たしか、シンがいつも庇い立てしていたあの女だな。退職するとかしないとか言っていたな。あんな女、代わりぐらいいるだろっ」

「そ、それが異界化を担当出来る紋章派の魔導師たちは皆、出払っておりまして……」

「チッ。使えんやつらだ。肝心なときにおらんとはっ!」

「工房長、今よろしいですか」


 工房長とサリドネが話しているとドアから媚びたような女の声がする。


「おおっ。ヒルデバルドかっ。いいぞ、入ってこい」


 サリドネ相手の不機嫌さはどこかへ消えたように、いそいそと返事をする工房長。

 ドアを開け入ってきたヒルデバルドは、形ばかりの遠慮がちな姿勢でくねくねと歩きながら工房長のすぐ横へと歩み寄る。

 それを喜色を浮かべて迎える工房長。


「失礼いたします。異界化の兆候の件が聞こえて参りまして。それで、どなたにお任せされるかお決まりですか?」

「ああ。ちょうどいまその話をしていたところだったのだ。何か良い案でも? ヒルデバルド」

「ええ、ございます。よろしければ私たち詠唱派にお任せください。愚鈍な紋章派にかわって、あっという間に解決してみますわ」

「え、ヒルデバルドさん。しかし異界化は紋章派の領域で……」


 二人の会話を心配そうに見守っていた事務のサリドネが、思わず声をあげる。


「カレンみたいな愚図な女がやっていた仕事でしょう? サリドネさんは、私たちに出来ないと?」

「そうだぞ、サリドネ。魔導師への敬意が足りん。魔導師ヒルデバルドがこういっておるのだ」

「し、しかしですね」

「くどい。お前はもう良い、下がれ」

「──わかりました」


 不服さと不安、そしてどこか諦めの表情を浮かべてサリドネが部屋を出ていく。


「それで工房長。異界化対策のため、とある権限を、私たちに許可いただきたいのです」

「おお、おおっ。何でも言ってくれ。そなたたちの活動を、全面的に支持しよう」

「ありがとうございます、工房長」


 ヒルデバルドと工房長、二人の瞳が欲望でギラギラと輝く。それは、異なる種類の輝きだった。ただ、満足そうに笑う、二人の笑い声はとても良く似ていた。


 ◇◆


 一方その頃、事務員たちの仕事部屋へと戻ったサリドネは同僚たちに今あったことを伝えていた。


「お疲れさん、サリドネ。もう、いよいよか」

「ああ、王立魔導工房も終りだ」

「そうだな。天才だったカレン魔導師ばかりか、この工房のかなめだったシン魔導師まで辞めてしまったんだ。数週間とはいえ、今までよく持った方だろ」

「だな。このまま何もトラブルがなかったら、シン魔導師が調整してくれていたバランスでやっていけてたかも、だが……」

「ああ。王都での異界化。この大事には、もう対応しきれんだろうな……」

「サリドネ、やめるのか」

「ああ。いまが去り時、だろうな。お前もだろ?」

「もちろんだ。目端の利くやつらは皆、そのつもりだろう」


 そういって互いに頷き合う事務員達だった。

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