第6話 奥の手を使ってみた
「よし、とりあえずはこれで大丈夫のはず。さーて、直に触らせてもらいますか」
かなり複雑な処理をハイエルフの少女に施していたカレン。
俺程度では、そのカレンのしていた処理の中身が、ほとんどわからいぐらいだ。
唯一、俺でも読み取れたのは、カレンがハイエルフの少女の、異界化の核としての力を封じるのに成功したことだった。
その処理を施した当のカレンは嬉々とした表情で手袋を脱いでいる。
「おい、カレン。なにするつもりだ?」
「えっと、その。少し触るだけだよ?」
「で、なんのために?」
「──だ、だってハイエルフだよ! 触りたいじゃんっ! 生きる伝承の存在なんだよっ」
指をワキワキと動かしながらそんなことをのたまうカレン。
その時だった。ハイエルフの少女がむくりと起き上がる。
少女の目の前には、今にも迫らんと両手を伸ばした姿のままのカレン。
カレンとハイエルフの少女の、二人の目が合う。
ハイエルフの少女が叫ぶ。
それは詠唱魔導だった。
早口で唱われたそれは、俺には聞いたことすらも無い単語がいくつも混じっている。
ただ、本能的に理解できた。
──これは、まずいっ!
俺は急いで『ノート』を捲ると、最後から十ページ目に予め描いていた、記述紋の一つを実行する。
九十九の盾の魔導紋章を組み合わせた、俺のとっておきの一つだ。
──これ、描くのに俺みたいな凡人だと1日潰れるんだよ。まあ、仕方ないけど
複雑に組上がった盾が俺とカレン。それに、マリエッタ達も守るように、盾が展開する。
それと、ハイエルフの少女の詠唱が終わるのは同時だった。
少女から放たれた詠唱魔導は、まさに拒絶の意思の体現だった。
その詠唱魔導の属性はシンプルに、炎。俺がゴブリン達を焼き払ったものと同じだ。
ただ、その温度と火力は桁違いだった。
高温により青く染まった炎がまるで滝のように俺たちへと迫る。
それを待ち受ける俺の記述紋による九十九の盾。その盾の一つ一つを、実は微妙に歪ませていた。
その盾の役割は、実は防ぐことではない。敵からの攻撃を受け流し、その向かう先を敵へ還すようにずらすこと。
そうすることで、敵の攻撃自体で、敵の攻撃を相殺させる。
それが俺の
盾の作り出すいくつもの通路を通って、青い炎の向きが変わる。そして先に来た炎と後から来た炎がぶつかり合い、お互いの勢いを殺していく。
その姿は、まるで空中に咲いた炎の青い花のようだった。
「テスラバルブ……? きれい──すてき……」
ポツリと呟やかれたそんなフレーズが俺の耳へと届く。ただ、その声は初めて聞くものだった。
次の瞬間、とんっと腹部に軽く、何かが衝突した感覚。
同時に、空を彩る炎の花がきえる。
俺が下を見ると、なぜかハイエルフの少女が抱きついていた。
「好き……」
「──はぁっ?」
「シン、ずるいっ! ずるいよっ!」
隣で、ずるいずるい私も触りたいと騒ぐカレン。
俺はお腹を頭でぐりぐりされながら、とりあえず空を見上げるのだった。
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