小話・2024猫の日

 お昼時間、今週もこれで最後の出勤日ということで、だらだらとお昼ご飯を食べていたところ、スマートフォンが連続して振動していることに気がついた。なんだろうと思いつつ、伏せていたそれに手を伸ばす。ロック画面には、結構な数の通知が表示されていた。何事かと思えば、九木田がグループチャットに猫画像テロを行っているらしい。暇か。既読がついたことに気がついたのか九木田から猫画像以外にも猫のスタンプが送られてくるようになった。いや、本当に暇か。昼飯を食え。

 いつもならばあまり自分から発信をしない九木田が猫画像ボットと化している現状に、今日はなにかあったかと考えを巡らせる。するとデスクに置いてあった卓上カレンダーに目が行った。今日が二月二十二日、所謂、にゃんにゃんにゃんで猫の日だと気づく。なるほど、だからこのはしゃぎようか。グループには九木田のテロ活動がぽんぽん上がって行くだけで兵賀も反応しやしない。見ているのはおそらく間違いないはずなのに。どうやら静観することにしたらしい。わたしも静観しっぱなしだから人のことは言えないのだけれど。しばらくひたすら上げられる猫画像と猫スタンプをカフェラテ啜りながら眺めていたら、なぜか、よろしくお願いします、という猫のキャラクターがお辞儀しているスタンプで締められた。

 なにがよろしくなのだろう。満足したのだろうか。なにがよろしく?と聞くのは簡単だが、なんとなく自分で聞くのが憚られて、兵賀が聞いてくれないかと無言を貫く。しかし、兵賀もわたしと同じくなんの返信もしない。なんだか妙な根比べが始まっている予感。するとダメ押しのように、九木田からよろしくお願いしますという猫スタンプが送られてきた。なんのアピールだ、こやつ。兵賀からは相変わらず反応なし。これはわたしが返してやるしかないらしい。仕方がないので通話する旨スタンプを送る。途端に来るのは、ありがとうございますというかわいらしい猫のスタンプ。九木田はやはりこの流れを待っていたのか……、そう少し呆れにも似た感情が湧いてきた。まあいいんだけど。いいんだけれども。オフィスを出て通話をする。相手はたった二コールで出た。

 

「もしもし、くっきー?猫の日おめでとう」

「猫、よかったろう」

「そうですね、かわいかったですね」

「そうだろう、俺の珠玉のコレクションの数々だ」

「どんなにかわいい系でも猫のスタンプだけは買い集めてるのも、くっきーらしくていいと思うよ」

「猫は正義だからな」

「そうですね、というわけで、今日は仕事あるし、一日遅れにはなっちゃうけど、明日のお出かけメニューに猫カフェ盛り込むってことでいかが?」

「乗った」

「じゃあ、ひょーちゃんにも伝えといてよ」

「了解」

 

 通話を切ると、すぐにグループの方に九木田から、明日の予定猫カフェ追加確定、とメッセージがきた。そうなって初めて、兵賀が了解とだけ返してくる。こいつ……話がまとまるのを待ってやがった……。優しさからなのか、面倒くささからなのか、イマイチわからないが、単純に忙しかっただけかもしれないと思うことにした。わたしは優しいので。

 

 頭の中に三人で行けそうな範囲の猫カフェを思い浮かべる。こういうご時世だからか、探してみると猫カフェは案外いろんな場所にあるものだ。癒しの場が増えることはいいことだと思う。その中でも、猫型クッキーをテイクアウトできるお店があったことを思い出す。あそこなら九木田も満足するはずだ。クッキーはせっかくだから、明日野郎二人に恵んでやろうと思う。このわたしが。なんてお優しい。

 明日は午前から集まって買い物して、お昼食べて散策して、締めは猫カフェかな、と考える。でも明後日も休みだから、夜は兵賀の家で食べてもいいかもしれない。それは、兵賀の様子を見て考えるとして。

 オフィスに戻ったわたしは、自分のデスクに座る。昼休みはあと十五分ほどある。卓上カレンダーを引き寄せて、今日の日付のマスに小さく黒猫のシルエットを書き込んだ。


 世界全ての猫と猫好きに幸多からんことを。


 なんてちょっと気取ってみたが、わたしは自分の手の届く範囲のものしか救えないので、とりあえず明日は、九木田という猫好きなソウルメイトの幸せを叶えてやることにした。

 疲れの溜まる週末に、ソウルメイト三人組と過ごして、猫ちゃんもふもふして癒されよう。

 

 デスク上に置いておいたスマートフォンが振動する。なにかと思えば九木田からのグループチャットだった。スタンプだけらしいそれを開けば、ハートを掲げる猫のキャラクター。送信者に似合わなすぎて、オフィスであるというのに思わず小さく吹き出した。きっと九木田本人は真顔でこれを送っているのだろうな、と思うと笑えてくる。兵賀もさすがに黙っていられなかったのか、笑という一文字だけかろうじて送ってきていた。わたしも同じく笑と返して、チャットアプリを閉じる。こやつ、休憩終了間近にぶっ込んできたな、と思いながら、いい気分転換になった休憩に、午後の業務も乗り切ろうと意気込む。今度、九木田が使っていたスタンプを自分でも買って、ついでに兵賀にもプレゼントしてやろうと思った。

 

 我ら、もふもふ好きな仲良しソウルメイト三人組なもので。

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