チャット・心のお腹がすいた

 なんとなく心が軽いな、と思って過ごした午前だった。心が軽いというのはいい意味ではなく、どちらかというと悪い意味で。空虚とでも言うのだろうか。寂しいんだか、虚しいんだか。とりあえず心に溜まっていた温かい何かが抜け出てしまったような、そんな感じ。ふらふらとコンビニに行っておにぎりと飲み物を買ってオフィスへと戻る。もそもそと食べるおにぎりは味気ない。わたしは、重たい腕を持ち上げてスマートフォンを操った。

 

 三角:「お腹すいた」

 兵賀:「なんだ、昼を買うなりしてないのか?」

 三角:「心のお腹がすいた」

 

 なにを言っているのだろうと思った。心のお腹がすいた?意味がわからないにも程がある。二人だって困惑するだろう。なんでもない、そう入力しようと画面を覗き込んだ瞬間返信が来た。

 

 兵賀:「遠回しな表現を使うな、紛らわしい」

 九木田:「今日定時で上がる。いるものあるか?」

 

 ぽんぽんと来た返事。まるでお前の言いたいことは大体わかったと言わんばかりに。わたし自身自分の状況がいまいちわかっていないのに。いるものはあるか、と問われ、自分が欲しいものはなんだろうかと考える。片手に持ったままだった味気ないおにぎりを見る。味気ない。味気ない。もっとおいしくて温かいものが食べたい。

 

 三角:「兵賀かーちゃんのあったかいごはん……」

 兵賀:「かーちゃん言うな」

 九木田:「俺も手伝うぞ、かーちゃん」

 兵賀:「お前もかーちゃん言うな。あと手伝わなくていい」

 三角:「くっきーはわたしと一緒にねこねこ動画見てようね」

 九木田:「前から思っていたが、お前たち俺に料理をさせたがらないよな?」

 三角:「そこまで察したなら最後まで察してくれよ」

 兵賀:「諦めろ三角、俺たちだって散々学んできただろう」

 三角:「そうでした」

 三角:「ていうか、二人とも仕事とか予定とか大丈夫なの?」

 

 単純に気になったこと。今日は平日だ。二人の予定は邪魔したくない。お言葉に甘えてしまいたい気持ちと、申し訳ないという気持ち。しかしそんなわたしの心配は九木田からの返信でぶった斬られた。

 

 九木田:「問題ない」

 九木田:「それにお前を放ってまでやる仕事も予定もない」

 三角:「……」

 三角:「兵賀ッ!!」

 兵賀:「堪えろ三角、こいつに驚くほど他意はない」

 三角:「知ってる!!」

 

 九木田に他意がないなんて、これだけ付き合っていれば嫌でもわかる。素直な善意だ。あと初めての友達に対する特別待遇だ。九木田はクールな見た目に反してわたしたちに甘いのだ。当然、兵賀もわたしと九木田に甘いし、わたしも九木田と兵賀に甘い自覚がある。伊達に中学時代からこれまで付き合っていない。

 

 九木田:「三角、兵賀、三角の気分転換も兼ねて待ち合わせして買い出し行くぞ」

 兵賀:「わかった。いつも通り俺の家でいいな?」

 三角:「マジ最高の相棒×2を持った……」

 兵賀:「感謝しろよ」

 三角:「感謝しかないわ!」

 

 本当に感謝しかない。軽くなってしまっていた心が既に心地よい重みを取り戻しているのを感じる。もう一度頬張ったコンビニのおにぎりは先程よりおいしく思えた。

 

 九木田:「三角、子犬動画も観たい」

 三角:「お昼中に探しておきます!」

 兵賀:「午後も無理するなよ。何かあったら連絡してこい」

 九木田:「三角、ふわふわのやつな」

 兵賀:「九木田は少し落ち着け。三角はどんな調子だ?」

 三角:「なんか全回復できそうない勢い。二人ともとてもありがとう」

 九木田:「ふわふわ」

 三角:「ひょーちゃん、くっきー壊れた」

 兵賀:「いつものことだろう、放っておけ」

 九木田:「三角、ふわふわ」

 三角:「わたしがふわふわみたいに言うんじゃねぇ!」

 兵賀:「とりあえず一時解散だな。三角は無理するな。九木田、ふわふわ言ってないで午後も仕事しろよ」

 兵賀:「解散」

 三角:「解散!」

 九木田:「ふわふわ」

 

 すっかり未だ見ぬふわふわに心奪われた九木田を残して、わたしは口におにぎりを詰め込んだ。これから子犬動画もいくつか漁らねばならない。お昼休憩も残り半分ほどだ。二人からもらった温かいものが心をじんわり満たすのを感じながら、わたしは動画アプリを起動したスマートフォンに齧り付いた。

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