横断禁止と狙われの少女

「僕は赤信号が見えないんですよ。」

 九条さんが怪訝な顔をしてこちらを見てくる。まあ、そうだよな。しかし、これ以外に言いようが無いのだから仕方がない。嘘をつくという選択肢もあったが、バレたらやばそうだし。僕は重ねて

「そこであなたを利用して、信号のタイミングを計ろうとしてたから、青信号だって分かってなかったんです。」

 と畳みかける。

「どういうこと?」

 これは、まあ体質に対する疑問だろう。

「文字通りですよ。より正確に言うなら、信号の光が見えないっていう感じです。なんで、あの2つのピクトグラムは見えてます。」

 予想通りの問いに用意していた答えを返す。

「・・・?」

 混乱しているっぽい。

「ピクト、、、?」

 といったきり考え込んでしまった。いや、そこかい。しかし、余裕をもって、改めて見てみると整った顔をしている。考え込む姿も何やら可愛げがあるように思えてきた。無論構えているピストルが無ければ、だが。そんな現実逃避をしていたら、彼女は再び口を開こうとしていた。反応の準備をする。

「・・えっと、つまり。君は赤色が見えないのですか。」

 英語の例文みたい。なんか怖くなくなってきたな。

「いえ、信号の光だけがピンポイントで見えない感じです。ほかの赤や緑は見えます。」

 再び思考し始める彼女だったが、それは数秒後に

「まあいっか。」

 と、アホっぽく中断された。一応人生で初めて誰かに話したが、なんというか意外とあっけなく信じられた。そんな気がして、場違いにも心が少し軽くなる。

「質問いいですか。」

「どうぞ~」


「結局話ってなんなんですか?」

 すると、一転して今度は少しシリアス気味に考えこむように少しだけ黙り込む。

「それに答える前にもう一つだけ。あなたは本当に、さっきの事故に関して何も知らないんだね?」

「はい。」

 簡潔に答える。

「分かった。」

 無表情で彼女は言って、少し間を置いた。そして口を開く。

「・・・この話は、私を殺そうとしてる人を知るためのものだよ。」

 ・・・・・・・!まあ確かにそれくらいでなければピストルなんて持ち出さないだろうが。いや、突拍子がなさ過ぎる。まあ、さっきの僕の発言も向こうからしたら似たようなものだろうが。

「よし、ほんとに知らないみたいだね。」

 驚いた僕の顔を見た彼女は安心したようにため息をついて、ピストルの銃口をこちらからそらして続きを話し始める。

「うん、話ってのはさっきの事故のこと。結論言うと、私は殺されかけたの。具体的には背中を押されたんだ。車道に向かって、思いっきりね。それで君のことを犯人だって疑って、今に至るって言うわけだね。」

「なんで僕なんですか。」

「そりゃあ、私と一緒に飛び出したからだよ。まあでも、よく考えてみたらその犯人が君だって仮定しても飛び出すのは変だね。」

 それはまあそうだ。そして、これで事故の時の違和感は解消された。無理矢理前に押されていたのだ。その足運びも不自然になるだろう。しかし

「そん時に後ろ見なかったんですか?」

「うん、力が強くてビックリしちゃってた。」

 そんなあざとい理由で。と思ったが言い方か。不意打ちで直後にトラックが突っ込んできたんだ。仕方ない。

「続き話すね。事件現場には待ち合わせでそこに居た私と『体質』とやらで立ち往生食らってた君がいたわけだ。君はあからさまに怪しいわけなんだよ。そこでね、君には私の犯人探しに協力してほしいんだ。」

「はい、、、は?」

 思わず何か聞き逃したかと疑う。何がどうなって僕が協力する道理になるのか。いやいや。そりゃあ僕だって見ず知らずとはいえ、困っている少女は助けたい。だが、そのために相手取るのが、殺人をも辞さない奴だというなら話は別だ。それに

「ほんとに殺そうとしてたんでしょうか。それ。」

「ん、、、どういう意味かな。」

「あ、いや、話だけ聞くと、事故の線も結構あるんじゃないかと思って。」

 実際、「殺そうとしてるかも知れない」なんて口上で始まった話にしては、少し根拠が弱いんじゃないかと僕は思う。現場では、九条さんと僕しか居なかった。しかし、僕と九条さんの死角から、忘れ物を取りに来た浮足立った1年が、たまたま九条さんの背中に向かって盛大にコケる。なんてのもあり得ないわけじゃない。

「それじゃあ何で、現場で言いに来ないの?」

「それは、、、言いにくいからとかじゃないですか?僕、叫んじゃってましたし。あの場ではあんまり発言しにくいでしょう。」

「なるほど、、、、、はあ、仕方ないか。」

「?」

 何を言ってるんだこの人は。

「いや、私が殺人を疑う理由はほかにもあってね。初めてじゃないんだよ。今回みたいなこと。」

 ーー!いや、考えてみればそうか。ピストルなんてそうそう手に入るものではないし、連れ込む手口も最後こそ雑だったものの、僕がこの学校の地理を把握していないという情報を事前に手に入れていないと難しい。事前に備えていなければできないだろう。

「その準備として、ピストル持ってたり、新入生全員の顔の暗記してたり、してたんですか。」

 あの時は突っ込みのつもりだったが、本当だったとは。すごすぎて引く。

「?ピストルは持ってるけど、そんなこと言ったっけ。」

「え?いや、僕が入学式の時居なかったこと、知ってたじゃないですか。」

 そもそも『居るはず』であると知らなければ、『居ない』ことには気づけない。

「ああ、それか。ピストルもそうだけど、ただのこけおどしだよ。なんにせよ1年生だろうし、なんとかなると思ってたのもあるけどね。」

「ピストルもですか、、、」

 ビビってたのがこけおどしと知って、地味にショック。

「何の話だっけ、ああ今回が初めてじゃないって話だ。それでね、こんなに直接仕掛けてきたのは初めてなんだよ。だから、現場にいた君には協力してほしいっていうこと。」

 そうか。まあ話の全容は見えてきた。しかしこれ、やっぱり僕が協力する必要なくないか?協力したところで役に立てるとは思えないし、こちらとしてもやっぱり怖い。それに、せっかく誰も僕を知らない土地を選んで、頑張って入った高校だ。スクールライフを楽しみたい気持ちもある。

「ちなみに、協力しないと君が殺人未遂の人だって、みんなに言いふらしちゃうから。」

「協力します」

 即落ち2コマである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤信号を渡れない @mesa-jp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る