#創作BL版深夜の60分一本勝負 まとめ

王子

第58回「昼寝」「夢うつつ」

 晋平しんぺいが呼び鈴を鳴らすと、声変わり前の「はあい」と応じる声と共に、引き戸がガラリと開いた。

「よう、かおるいるか」

「変なの。いるの分かって来てるのに」

 みきはいたずらっぽい笑いを晋平に向けた。つっかけを脱ぎながら「兄ちゃあん、晋平が来たよ」と階上に呼びかけた。返事は無い。

「お昼食べてからずっと寝てるんだよ。慣れないことで疲れちゃったみたい。上がって起こしてやって」

 午前は馨と幹の両親の一周忌法要だった。夫婦で桜見物に遠出した道中、峠道で大きな事故に遭ったのだった。会食の余り物を夕飯で片付けるべく晋平は呼ばれていた。二人分の胃袋では足らなかったのだ。

「客人にさせることか?」と晋平が冗談めかした。

「弟より恋人に起こしてもらった方が寝覚めが良いんじゃないかな」

「変な気をまわすなよ」

「そっちこそ変な気を起こさないでね。これから夕飯なんだから。おはようのキスまでだよ」

 晋平は面食らった。中学に上がったばかりのくせに、ませたことを言う。

 幹は夕飯の支度に台所へ向かい、晋平は階段を上がって馨の部屋の扉を叩いた。ぐっすり寝入っているらしく、数度叩いても呼びかけても応じない。「入るぞ」と断って扉を開けた。

 馨はベッドの上で、布団もかけず背中を丸めて眠っていた。晋平はその寝姿にはっとする。半袖から伸びる白い腕はあまりに細く心許ない。無防備にさらけ出された首筋、雫を受け止められそうな長い睫毛、桜色の唇。成人男性とは思えないほどに華奢な印象を与える。

 晋平は、馨の耳元に顔を寄せた。

「馨、夕飯だよ」

 馨は指先をぴくりとさせて、目を閉じたまま小さく息を吸うと「母さん?」と掠れた声で言った。夢うつつの中、間近に亡き人の気配を感じているようだった。

 晋平がその額に優しく口付けると、馨はようやく薄く目を開けた。

「あぁ、おはよう。晋平だったんだね」

 馨の目尻でわずかに溜まった雫が光っている。

 恋人の泣きそうな顔を潤んだ瞳で見つめてから、白い指先で両頬を引き寄せて唇を重ねた。

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