魔王とチャットはじめました。

むげん

第1話 アルマゲドンさんからメッセージです。

退屈な毎日


 「…ただいま」

 

 そう言っても、返ってくるのは子猫の「にゃあ」というか細い声だけだ。

 僕はスーツの上着を投げてソファに倒れた。時刻は二十二時前。また今日も残業だった。ここの所いつもだ。

このまま眠りにつこうかと気持ちが揺らいだが、これから始まる「お楽しみ」に備えなければならない。僕は「よしっ」と息を吸って、ソファから身体を起こした。

 

 今朝作っておいた肉じゃがを冷蔵庫から取り出し、レンジに入れてスイッチを押す。温まっている間にパソコンを立ち上げ、それと同時に服を一瞬で脱いだ。子猫が驚いて「ニャア!」と叫ぶが僕は動じない。今胸の中にある目的は、一刻も早く「仕事姿の自分」から解放されることだ。用意していた灰色のスウェットをはきかえ、最後に「冷奴ひややっこ COOL BOY」の文字が刻まれたパーカーに袖をそで通した。


「よし…」

 

 電子レンジから「ピピピ」という音が聞こえ、肉じゃがを取り出しテーブルに置いた。さぁもう少しだ。

 モニターのチャンネルを合わし、慣れた手つきでパソコンを操作する。マイクと配信ツールを起動し、小走りで冷蔵庫からビールを取り出した。これで準備は整った。僕が「配信開始」のボタンをクリックすると、一分も待つことなく「待ってました!」「楽しみだね~」などとコメントが送られてきた。向こうの視聴者も準備万端のようだ。


「よし、じゃあ皆さん今日もお疲れ様でした!かんぱ~い!」

 

 乾杯の合図とともにモニターの画面が変わった。お待ちかねの番組「魔法少女アカネちゃん」が始まったのだ。OPオープニングが軽快なテンポで流れていく。パソコンのコメント欄は「キター!」や「うっひょおお!」などの歓喜に溢れるコメントでいっぱいだ。僕は冷えたビールで喉を潤しつつ、前回までのアカネちゃんのあらすじを踏まえ、マイクを通して実況をはじめた。

 

 アカネちゃんはいわゆる「異世界もの」のラノベアニメだ。ここまでだとありきたりなのだが、登場人物の設定が変わっている。何といっても主人公はアカネちゃん…ではなく普通のおっさんというのが面白い。

 異世界に飛ばされた中年が、どこかに囚われているであろう魔法少女アカネちゃんの存在を信じて、現実世界で得たキャリアスキルと営業トークで人脈を広げ、異世界で道を築いていくというストーリーとなっている。主人公は使いッパシリの普通のおっさんなのだが、どこか憎めない。僕はまだ二十四だが、この主人公に近い境遇きょうぐうを感じてこのアニメを好きになったのかもしれない。

 今回放映されるのは主人公が魔王と出会う回だ。取引先で営業に失敗した主人公は、財布を落として落胆する魔王と酒場で運命的な出会いを果たす。この回をへて物語は大きく変わっていく為、非常に(オタク達に)注目されている。

 来場者数が三十人を超えたあたりで、アニメの方が終わりを迎えた。僕は満足してビールを飲み干し、視聴者のコメントを読みながらアニメの感想を話していった。作画の良さ、印象に残ったセリフ。次回は一体どうなるのかの考察など。あっという間に30分が経ち、締めの挨拶も済ませたところで「配信停止」のボタンをクリックし放送が終了した。

 

 そう、僕はこういったネット配信を趣味にしている。ネットは昔からしていたが、配信を始めたのは二年前くらいだ。はじめは自己満足でやっていたが視聴者が増えていくにつれ、自然と楽しくなっていった。

 配信が終わると、毎回来てくれる常連さんとチャットルームをひらいて喋るのがいつものルーティーンとなっている。僕がおくれてチャットルームに参加するとみんなが温かく迎えてくれた。

 

・・・・・

 ゴブリン   「いやいや皆さん今日も来てくれてありがとございました(^^)/」 

 アルマゲドン 「配信お疲れ様でした!」

 タイガー   「おつかれ。いやぁ今回も素晴らしかったですな!」

 孤高の戦士  「いま起きたわ…見逃した」

 スネーク   「あーあwwやっちまいましたねww」

 野菜売る人  「今回も神回です!ほんと泣いちゃいました( ;∀;)」

 タイガー   「それな」

 退屈な門番  「おなじく」

 タイガー   「ではこれから存分に語ろうではないか皆の衆」

 スネーク   「うむ」

 ゴブリン   「すいません。じつは明日早いんで、今日の所はここで落ちますー涙」

 野菜売る人  「えー!」

 タイガー   「なん…だと…?」

 退屈な門番  「おつかれ~」

 ゴブリン   「すいません涙 おつかれです~。おやすみなさい」

・・・・・


「ふぅ…」

 正直寂しさはあるが、明日も仕事なのは変わらない。社会人とはつらい生き物だ。そう思って寝室にパソコンを抱えていく。あと一時間ほどで寝るつもりだが、明日に備えて書類を作っておいたほうが楽だろう。インスタントコーヒーを淹れてパソコンをひらいた時だった。



 

 アルマゲドンさんからチャットメッセージです。




僕は何気ない気持ちでそのメッセージをクリックした。。

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