毒薬王子と竜使いの娘

野月よひら

プロローグ

 嵐。

 波が荒々しく甲板を穿つ。黒く垂れこめた空から降り注ぐ雨は馬蹄のような響きで板を鳴らし、男は傾いだ体を強か甲板に打ち付けた。

 耳を劈くような雷鳴。風がびょうと鳴く度に、帆柱がぎしりと不吉な音を立てている。

 この船は、じき沈むに違いない。

 男は甲板から辛うじて体を起こし、帆柱に必死でしがみついた。甲板を樽や空瓶が転がり、暗い海へと吸い込まれていく。

 ちりちり、と金属の鳴る音が聞こえ、轟音と共に帆柱が火を噴いた。慌てて離れたその場所に、ばらばらと音を立てて丸太や帆布が落ちる。傾いで倒れる帆柱が男の眼前に迫った。避けようとした体が、大きく傾いだ。空に浮く感覚とともに、すべてを呑み込むかのような黒々とした水面が男を捕える――落ちた。

雷鳴の音が遠ざかる。柔らかく体を包み込む海水は、思った以上に温かい。

 自分は死ぬのだ。

 眼前に蘇るのは尊敬する兄の顔。

これでよかったのかもしれない。ここで自分が死ぬならば、兄のことは一生誰にも気づかれずに済むだろう。自分の死が、少しでも兄の役に立つのであればそれで満足だ。

短い人生だった。それなりに濃い人生でもあった。

 耳の奥で聞こえるのは、雷鳴か。それとも、自分の心臓の音か。

海に沈む。男は意識を手放した。



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