少し遠回りで長めのラブレター
心音ゆるり
第1話 ロマン
“
俺には好きな女子がいる。
その女子は現在同じ高校の文芸部に所属していて、放課後はいつも彼女と一緒に二時間ほど本を読む――もしくは自作の小説を創ったり、それをお互いに読んで、感想を言い合ったりしていた。
他にも部員はいるけれど、幽霊部員という肩書を持っている彼らはこの部室にやってくることはない。俺と彼女だけの、静かで、それでいて心がうるさくなる空間だ。
『
『いない』
俺の質問に、彼女は本に視線を落としたままそっけなく答える。ぺらりとページをめくってから、彼女はさらに追加で言葉を漏らした。
『私は恋愛にロマンがほしい』
『ロマン? ロマンチックな告白をしてほしいとか?』
そう聞いてみたが、彼女は視線は活字をなぞるだけ。俺の回答に興味がないのか、はたまた肯定も否定もしたくないのか、それはわからない。
少し非現実で、物語的な恋愛がしたいとかだろうか。もしくは、違う意味での『ロマン』を言っているのか。遠まわしに言うのは、彼女がよくやることだしなぁ。
彼女の読む小説は、フィクションの恋愛ものがほとんどだ。そういうので目が肥えてしまって、現実のありきたりな恋愛に興味が持てなくなっているのかもしれない。
『ラブレターとかどうよ。最近じゃメールだったり電話だったり、直接言ったりするのがほとんどだろ? ラブレターってありきたりだけど、今は逆に珍しいよな』
『たしかに』
文乃が肯定してくれたことが嬉しくて、少し心が温かくなった。単純すぎやしないかと思われてしまうだろうけど、好きなんだからしゃーない。
文乃の少しミステリアスな雰囲気が好きだ。俺の書いたつたない物語を、最後までしっかり読んで感想もくれるところが好きだ。
体調を崩せば自分のことのように心配してくれる、優しいところが好きだ。
長いまつげが好きだ。つややかな黒髪が好きだ。少し俺より身長が小さいのに、隣に立つと背筋を伸ばして張り合おうとするところが好きだ。バレてないと思ったか? 残念、バレてるんだなこれが。
『ちなみに俺は、好きなやついるよ』
そう言うと、文乃はピクリと体を震わせて、対面に座る俺を上目遣いで見た。しかし、すぐに本に視線を戻す。まるで、俺の視線から逃げるように。
『そう、成就してほしいと思う』
『あぁ。俺もそう思うよ』
そりゃ恋してますからね。成就したいと思うのは当然だ。
ただ、好きな相手に【上手くいくといいね】みたいなことを言われるのは少しグサリとくるなぁ。
まぁそれはいい。
いま俺が抱えているのは文乃が言った『ロマン』という言葉について疑問だ。
スマホで再確認してみれば、その言葉の起源は【フランス語(ロマンス語)で書かれた小説】と出てくる。
他にも調べれば冒険心だの恋愛だの長編だの色々出てくるけど、俺はざっくりと【小説】ととらえることにした。フランス語なんてボンジュールぐらいしか知らんし。
それを踏まえて彼女の言葉をなぞると、【私は恋愛に
なんだこれ。やっぱり普通にロマンチックって意味じゃない? 変に勘繰りすぎか?
そんなことを考えていると、いつのまにか文乃は原稿用紙を机の上に置いて、シャーペンを勢いよく紙の上で走らせていた。どうやら何か物語を思いついて、さっそく形にしようとしているらしい。
今時原稿用紙かぁ――と思う人もいるだろうけど、それが彼女らしいというか、見慣れてしまった俺としては、彼女がスマホやパソコンで入力していると違和感を覚えてしまうだろう。
しばらく俺も本を読みながら彼女の執筆する様子を見守っていたけれど、一緒に書くことにした。俺は文芸部に置いてあるノートパソコンで。
『それ、後で読ませてくれるやつ? それとも自己満のやつ?』
パソコンでワードを立ち上げながら、文乃に問う。
『そっちと交換で』
『交換か……まあいいけど。そっちはどんな感じのやつ書いてるんだ?』
そう聞くと、彼女は俺の顔を見てかすかに微笑んだ。
『
『……くっ、ははっ! まだ何を書くかも言ってないのに、わかるわけないだろ。もし本当に同じようなやつだったら――そうだな……なんでも文乃のお願いを聞いてやるよ』
『ふふっ、楽しみにしてる』
なぜすでに勝ち誇った顔をしているのやら。無理だというのに。
なにせ俺は今、文乃への恋心をそのまま小説に落とし込もうとしてるんだぞ? いくら小学生から付き合いのある彼女でも、さすがにこんな思考を読めるはずがない。
むしろ、同じじゃなかった場合の罰ゲームでも考えてお
”
「………………」
一足先に書き終えた文乃から渡された、五枚の原稿用紙。そこに書かれた小説を読み終えた俺は、絶句していた。
俺が現在進行形でパソコンに書いている周りくどいラブレターは、まだ書きかけだ。すごく中途半端なところで終わっている。『考えてお』で終わっている。
頬を引きつらせながら顔を上げると、そこには勝ち誇った笑みを浮かべる文乃の姿があった。
初めてみるような、少し自慢げで、顔を赤らめている幼馴染の姿である。
「『なんでも聞く』って言ったよね?」
文乃はまだ俺のパソコンに書かれたものを知らないのに、勝利を確信して堂々と言い放つ。
「……まいった。俺の負けだ」
俺は両手を上げて、降参のポーズをとることにした。
本当に、この幼馴染にはかなわない。
~~作者あとがき~~
なんか急に短編書きたくなったので、息抜きに書いちゃった!
少し遠回りで長めのラブレター 心音ゆるり @cocone_yururi
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