魔女の軌跡

雑衆

空夏の魔女

 ここは寂れた一軒家。

 蔦が巻きつき、窓にはヒビ。煙突の周りは黒く汚れている手入れの行き届いていない家。


 その家に住む魔女に会いに来た。


「お邪魔します……相変わらず汚いですね」


 玄関を開けた先は足の踏み場もない部屋があった。散乱する本に紙、フラスコなどのガラス器具まで床の上に放置されている。


 本人曰く、こうじゃなきゃダメだそうだ。


 魔術というものは本当に分からん。


「そろそろ掃除したらどうです?」


「……なんだ君か」


 奥の机。そこで作業していた家主の魔女が僕をみる。

 灰を被ったような髪に魔女特有の黒い大きな帽子。


 いつも通り眠たげな目で僕を見ていた魔女だが、今日は何故かいつもと違う。


「出かけるんですか?」


 魔女の服が整っている。それに髪も。

 いつも投げやりに放置されている髪が今日は結われ整えられている。


 だから聞いてしまった。


「どこにも行かないよ」


「だったら来客ですか?」


「この辺鄙な場所に来るのは君しかいないよ」


「そうですか」


 だったら何故そんな格好してるんですか?


 そう聞きたかったのだが、口が動かなかった。


「そうだそうだ。今日はたまたま魔術で必要だったからクッキーを焼いたんだった」


「あなたが料理を…ですか?」


「だから魔術のためだ」


 魔女は小枝ほどの杖を振るってどこからか椅子をもう一つ出す。

 「まあ君も座りなよ」と魔女が進めるので遠慮なく座らせてもらう。

 その間に魔女は棚の中から紅茶の入ったポットとティーカップを二つ持ってきた。


 それを机に並べ紅茶を注ぐ。

 片方は魔女の前に、もう一方は僕の前に差し出された。


「紅茶ですか…」


「最近の研究で使った残りだ」


「変な薬草とか使ってないですよね」


「さあ? 何せ私は魔女だ。魔女の考えを一般人は理解できんからな」


 ティーカップに口をつけ、一口だけいただく。


「あ、美味しい」


「…君はもう少し魔女を疑った方がいい」


 美味しいと分かった紅茶を2口3口と口にする。


 魔女が何か取り出した。


「これが魔術のために作ったクッキーだ………見た目は悪いがクッキーだ」


 机の上に置かれた皿には何枚かのクッキーがあった。形、大きさともにチグハグで少し黒っぽい。


「へぇ……食べてもいいですか?」

 

「君がどうしてもと言うなら私は止めない。しかし、よく考えろ。私は魔女だ、魔女が作り提供するモノを食べるなど……」

 

 言い終わる前に迷わず一つ手に取り口に運ぶ。

 

「君には警戒心が足りない…」


 口に広がる優しい甘さとほのかな苦味。この苦味は魔術なんかではなく、焦げからくるものだろう。僕もたまに失敗して焦がしているからよく分かる。


「…おいしいか?」


「僕はこの味好きですよ」


 出来るだけ端的に本心を伝えた。


「そうか…私の分もあるから少しは残しておいてくれよ?」


 そういう魔女の言葉を耳に残し、しばらく無心でクッキーと紅茶を楽しむ。

 特に会話はないが、居心地の良い風が流れる。


「そうだ、」


 魔女が何か思いついたような意地悪な笑みを浮かべた。


「この場合、魔術的には君は私の作った供物を受け取ったということになる。等価交換は魔女の常識だ。一方的などあり得ない」


 すごく嫌な予感がする。

 体が勝手に唾を飲み込む。


「君は代価を支払うべきだ。丁度ここに新薬があるんだが、どうかな?」


 無理と言わせぬ物言いに、僕は目を逸らしたが魔女は逃してくれなかった。


「起きたらまずは感想を聞かしてくれよ」



◇◇◇◇◇



 ふと目が覚めると日が暮れ始めていた。


 どうやら薬を飲まされてから長い間気絶していたらしい。


 頭痛を訴える頭を抑えながら周囲を確認すると、魔女が試験管を振りながら僕を見ていた。


「おや、起きたのかい。それじゃあ夢の感想を聞かせてもらおうか」


 夢

 この場合将来の夢の話ではないだろう。

 多分、気絶してた間の夢。…見てないな。


「見てませんけど」


「え、見てないのか?」


 魔女の眠たげな目が開き、僕を凝視する。


「だとすると私のミスか…いやけど理論に間違いはない。だとするとコイツの幸せは……」


 聞こえないが魔女が何かブツブツと呟いている。


「…え…まさか……」


 魔女の顔がみるみる赤くなっている。

 理由の分からない僕は何か粗相をしたのではないかと不安になってしまう。


「あの、僕なにかやってしまいましたか?」


「え! いや、ちが!」


 魔女が体をビクッと振るわせ僕から距離を取る。


「ごめんなさい、何か不満があったら教えてくれませんか?」


「ッッ!」


 逃げる魔女の腕を掴んで逃がさないようにする。

 驚く魔女と視線を合わせて、じっと目を見る。


 その目尻には涙が薄らとあった。


「え、泣いて…」


「きょ、今日の実験の結果はとれた! もう帰ってくれ!」


 魔女が杖を振るい扉が開く。

 そして僕は何かに引っ張られて家の外に出される。勢いよく引っ張られたから資料を何枚か持ってきてしまった。


 その資料に目を落とすと、とある薬の効果が目に映った。


 曰く、この薬は服用者が最も居たいと思う夢をみる。しかし、稀に夢を見ない人も現れる。それは、今の状況こそ一番居たいと思っている証拠である。


 勢いよく開いた扉から魔女が飛び出てくる。


 魔女は僕の持っている資料を見ると、赤かった顔がさらに赤くなって、帽子を目深に被り直して言った。


「こ、このあと……、魔術の実験でご飯作るんだが、、せっかくだから、その……」


 それだけで大体分かった。


「ありがとうございます、魔女さん」


「魔術の実験だからな……」


 夜の帳が下りる空。

 不気味な一軒家に、暖かい光が灯った。



 

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