新人嬢務メオの日働

傍目義弘

第1話

 浴びるほどの太陽は建物に阻まれ、陰となった道にやや寒気がある。

店という店は構えておらず、汚染した生ゴミを収納する蓋付きバケツとおそらく建物の補修に使った余った木材と石材が狭く、ろくに舗装もされていない道端に置かれ、ガスと食事の臭いが混ざりあった何ともした異臭が時折、通り沿いで漂ってくる––––タンバラ街の路地裏街道。

風情とは違う不気味なほどの陰湿が目立つ、それが路地裏街道だ。

それに相まって集まるものはいずれも醜く乞食する住居不定のホームレスの人たち、そして社会に不満を示す半端者である。

「テメェ……どこ見て歩いてんだぁ、あぁ⁉︎」

「………はぁ」

そんな半端者たちを見上げながら、メオ=アシュナリーはため息を小さく吐く。

 表通りには人の多さが窺えるような日中のガヤガヤとした騒ぎ声が建物越しからでも聞こえる。

 そして、路地裏街道では男一人に二人、三人の団体が講釈を垂れるが如く、何やら適当な言いがかりをつけられていた今日この頃。

 広がって歩いてきた男たちをカニの歩幅の如く身体を横にして歩いていたら、この騒ぎだ。

 断じて、身体に接触をしていないと思いながらも、メオは興味なさげに瑠璃の細瞳を擦り、その講釈とやらを聞き流していた。

「僕たちさ、ここで英雄者として今、頑張っているわけなのよ?」

「なのに、そんな僕たちの大事なパーティーである彼の腕を折ったのはとても重大な問題だ、分かるかい?」

 因縁つける男たちの中心では例の折れた腕とやらを抑え、「痛い痛いよぉ‼︎」とあからさまな大声を出しながら、地べたに転がりその痛みの辛さを表現していた。

 だが、その表現もメオにとって、どこか猿芝居でどこか嘘くさく見え、馬鹿らしく見えた。それに加え、薄暗い路地裏に見えたどれも特徴のない男三人組の顔は艶やかな群青の空とは対に小汚く、そして歪んだ笑みと侮蔑の顔つきであった。

 豊かも起伏もない顔つきで見ているメオに対し、男は言う。

「ほ〜ら、こんなにも痛がっている。ダメだなぁ、一般人がここまでして……」

「これ、賠償案件だよ? 軽く、一億とかいくんじゃないかな〜……」

「?」

 何故に、とメオは小首を不思議そうに傾げる。

「だって、そうだろぉ? 俺たちがこの世界を常に平和を維持しているってのによぉ、こんなことして支障でも出たらそりゃあそうもなるだろう? 言っていること分かるかなぁ?」

 一間、開ける。そしてこう続けて言った。

「神に対しての冒涜ってことになるってことだ。 ほら、王都様に飾ってあるあの勇者様の像? を破損、もしくは破壊行為に及んだら極刑に処される……あれってつまり、この地を創った創造神だと言っていると同じだよねぇ?」

「ってことはまたつまりぃ〜、その英雄職である僕たちに傷つけることだって許されない犯罪になるってわけだ」

 確かに王都エルガレフの建物前には遥か昔の大災害から人々を救った勇者の石像が守護するように建っており、人々はその勇者様をまるで神のように崇め、信仰している世界。

その成り変わりとして、世界に散らばり、常に平和な世の中のために人々のために動くそれが英雄者だ。

 だが、英雄者と自ら言うこの男たちに格好はそうであっても、顔つきと何やらと如何わしい企みを考える口の片端を釣り上げる邪悪な笑みにどうしてもそれは信用しなかった。

「お金なんて持ってないよ。今、全部合わせてもパン一個、買えるか買えないくらいの全財産しかない」

 メオはポケットから財布を取り出し言うと、後頭部に手をやりながら、

「ああ、困ったな〜。あっ、でも俺たちは金じゃなくてもいい。お前は女だ。女は女らしく身体で、っていうのも支払いがある」

と、困ったように言う男。

銀灰色のボサボサ髪にこんな状況だというのに、感情の起伏が僅かしかない分かりづらい表情、童顔肌以外の肌という肌を黒いレースで隠し、黒を基調したドレスを華奢な身体に着しそれは背丈と相まって人形のようにも見える。

本人はそれほど可愛くないと思っているが、男たちからすれば十八、九歳の若さある少女だと思っている。

そんな少女を欲求高い視線を向けながら、三人組の男たちはじわりじわり、「キヒヒィ……」と気色悪い笑みを浮かべ通せん坊のように立ち塞ぐ。

「ああ、俺たちに抵抗してもいいけど、そうなると痛い目に見るハメになるよぉ」

「それが嫌だったら、抵抗せずにただじっとしている事だねぇ〜。まあ、誰が悪かったというなら自分を恨むんだなぁ」

「大丈夫、俺っちたちが君を満足させてあげるからさ〜」

 肩に手を置く。メオは無表情の顔を置いた男たちに顔を向けると、ポケットに財布をしまう。

 反抗されることはない。たとえ、反抗されたとしても女だ。いくらでも対処はある。

 男たちの考えは意思疎通を越えた下手な言い方をすれば、団結力があった。


 だが、それは次の瞬間……三人とも『後悔』という二文字で見事一致することとなったのだ。

「ん?」

 ぽん、と肩に置いた男の手をメオは優しく触れた。

 刹那、腹の急所……つまり、鳩尾部分に衝撃の痛みが走ると、景色が真っ黒くそして意識が途端に切れた。

「は………」

 二人の男は崩れ落ちた仲間を横目に、何があったと思考回路を回している最中、メオは素早く地面を駆け出すと、顎に左から右の蹴りが入り気絶した。

なんとか反抗するまでの思考に至った最後の一人も身軽な身体で腕を逆に利用し、背後に回る。

 そして、無防備となった股下……つまり、男としての急所に利き足の右でトドメの一発の意味もこめた蹴り上げを披露した。

「うぎゃぁあああああああああああーッ⁉︎」

 この世とは思えないどうしようもない激痛が急所に走る。

甲高い声が路地裏で木霊し、情けなく倒れ伏す男は今にも泣き出しそうに涙をポロリと流したくなる。

「………」

憎憎しく見上げる男は「めんどくさかったぁー……」と呟きながら、目もくれずに去っていく。

 そして去り際……。

「残念だったね」

そう、言い残すとポケットからタバコ箱を取り出し、シガレットを咥える。

 男はその間、苦痛とも思える激痛に現実逃避でもするが如く、瞼を落とし、そのまましばらく動かなくなった。

 メオ=アシュナリー。職業・依頼販売店嬢務。

 先端をライターで炙り、ニコチンを肺に取り入れながら、彼女は今日も仕事をこなしていく。

「絡む暇あるなら、働け。……ガキが」

 愚痴とも思える言葉を紫煙ともに吐くある日の日中の出来事。

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