掌編怪談

タカヤマユウスケ

終電

地元の仙台で就職して3年が過ぎた。

最初はあまりの激務に辞めようかとも考えたが、徐々に慣れ、責任のある仕事も任せてもらえるようになっていた。

それに伴い、深夜まで残業して地下鉄の終電で帰ることも少なくない。


その日は、どうしても終わらせなければならない業務があったので、いつもよりも退社する時間が遅くなってしまった。

終電にはなんとか走れば間に合うはずだ。


地下鉄入り口付近にあるエレベーターに駆け寄り、ボタンを押そうとするが反応がない。

ドアの窓には「点検中のため、運転していない」という張り紙があり、舌打ちをする。

仕方なく、長いエスカレーターを駆け降りた。

なんとか間に合ったが、いつも乗っている車両とは違うものに乗り込んでしまった。

降りる時に出口は遠くなるが致し方ないだろう、乗り遅れるよりはマシだ。

そう思い、空いている座席に座る。

デスクワークで疲労が溜まった瞼は自然と閉じた。


到着のアナウンスで目が覚めた。

周囲の乗客が全員、そそくさと出口から降りている。

最寄りの駅が終着なのだ。

私も降りなければと思い、座席から立ち上がり、出口に向かう。

そこで目に入ったのが、座席に座っている赤いコートを着た女だった。

最初は自分と同じように寝ていたのかと思い、寝過ごしては車両基地まで搬送されることになるので、起こしてあげようと思ったが、その女はゆっくりとこちらを向き始めた。

にっこりと笑い、瞬きをする様子もなく、じっと、こちらを見つめている。

「変な人だな」と思い、声をかけて厄介ごとに巻き込まれても嫌なので、声をかけずに降りた。

しかし、どうしても気になり、電車が見切れる直前にもう一度車内を振り返る。

車内は電気が消されていたが、その女はまだ、そこに座っていた。


体は真正面を向いているのに、顔だけが不自然にこちらを向いていた。

顔が180度後ろを向き、捻れた首の皮が恐ろしい皺を作っている。

到底、生きている人間では出来ない動きだ。

私は恐怖でその場から動けなくなり、その女からも目線を離せなくなっていた。

何よりも恐ろしかったのは、その女がにっこりとした表情を崩さずに、私をロックオンするかのようにじっと見ていたことだった。


地下鉄が発進して視界から消えたのち、逃げるように改札を出た。

家に帰り、ご飯を食べ、シャワーを浴び、ベッドに入っても、その女の表情を忘れることが出来なかった。

それ以降、終電の電車に乗る際は、違う車両に乗るようにしている。

それでも、たまに赤いコートの女が視界の隅に入ることがある。


またこちらを向いているのではないか。

あの時の記憶が蘇る。

ひたすら下を向いて、その女から目線を逸らす。


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