第12話 任侠柳川熊吉
十二月二十一日
二月一日
土方が朝食をとっているところに函館病院の高松凌雲先生の使いの者が来て手紙を置いて行った。
本日十一時に柳川熊吉宅までご足労いただけますでしょうか、とあった。
土方歳三 「市村君、今来た使いの者を連れ戻してくれ。」
市村鉄之進「土方先生、連れてまいりました。」
土方歳三 「小僧さん、すまねえがこれを柳川の親分さんに届けてくれねえかい。
市村君、これを小僧さんに渡してくれ。」
土方は手紙と小遣いを入れた袋を市村に渡した。
十一時十分前に柳川親分の家に着いた。
土方歳三 「すまねぇ、土方が来たと親分さんに伝えてくんねぇか。」
柳川熊吉 「土方先生、わざわざこんなむさ苦しいとこに来てもらって申し訳ね
ぇ。」
土方歳三 「柳川の親分さん、とんでもねぇ。上がっていいかぃ。」
柳川熊吉 「案内します。」
奥の一室に通された。そこに二人の人物が座っていた。
部屋はちょうどよい暖かさだった。
土方は指定された席について二人に自己紹介をした。
土方歳三 「旧幕府軍の土方歳三です。」
柳川熊吉 「土方先生、ご紹介しましょう、こっちが棟梁の大岡助右衛門、こっち
が実行寺住職の日隆上人だよ。」
大岡助右衛「土方先生、聞いてなさると思うが今、箱館病院を立てさせてもらってま
す。土方先生のことは、凌雲先生から聞き及んでまさぁ。どうぞ、よろし
く頼んますわ。」
日隆上人 「日隆と申します。土方先生、二人とは古い付き合いなんです今日、土方
先生が来るからお前も来いということで来させて頂いた次第です。
どうぞ、よろしくお願いします。」
柳川熊吉 「土方先生、早速ですがわしらに頼みてぇことがあるって凌雲先生から聞
きやした。どんな願いです何でしょう。」
土方歳三 「尋常じゃねぇ頼み事だ、出来る、出来ねぇは、きっぱり言ってくれねぇ
かい。頼む。
箱館市中の人達にとっちぁ、俺達ほど厄介者はいねぇだろう勝手に来て
勝手に戦するんだからな。すまねぇと思っている。決戦は雪解けを待って
薩長が箱館に攻めて来る。どこに上陸するのかはまだ分からねぇ。
ただ、間違いなく俺たちを潰しに来る。最後の戦は弁天岬台場から千代
ヶ岡台場、そして五稜郭。双方の死者も多数出る。頼みてぃというのは戦
死した我軍の兵隊の屍を集めて弔ってもらいてぇんだ。」
三人は、言葉が出なかった。土方の言っていることは常識ではありえな
いことだ。今度の戦は負けると言っているようなもた。自分たちで伴うこ
とができないからどうぞよろしくと言っているも同然だ。
そんなことをしたら薩長からどんな目にあうか分かったものではない。
土方にどう言ったらいいのか・・ ・・・・・・
その時、土方がしゃべり始めた。
土方歳三 「とんでもねぇことを言っているのは十分承知している。だが会津の戦に
俺は参加した。
箱館に来たほとんどの者が、会津戦争で戦った。そして会津は負けた。
会津藩側の戦死者は三千人。この数には市中の一般人で死んだ数は入って
いねぇ。薩長は戦死した兵達の屍を弔うことを禁じた。野晒しのままに
しろと言うことだ。もし弔う者がいたとしたら磔になる。
親分、俺達は負ける。自分達で弔いたくても出来ねぇんだ。どうぞ、
お願いします。」
土方は深々と頭を下げた。三人は目を瞑ったままでいる。否、動くことが
できないでいた。
柳川熊吉 「土方先生、あまりにも問題が大きいです。少し時間が欲しいんですが、
どうでしょう。」
土方歳三 「当然です。初対面であり、箱館の人々に多大な迷惑をかける身の私で
す。こんなことを頼める義理じゃありません。しかし、後生です。
何卒よろしくお願いいたす。
土方は今一度頭を深々と避けた。そして柳川宅を後にした。
土方の日記
俺はとんでもねぇことを初めて会 った人達に頼んだ。断られても何も言えねぇ。
会津で薩長がやった仕打ち、あれだけは避けたい。あまりにも残酷だ。屍を野良犬があさっている姿を薩長の兵は「ざまぁねえや」と笑いながら見ていた。
その野良犬を追い散らそうとした老人は殴る蹴るの仕打ちを受けた。
親分達は薩長の仕返しを恐れる。当然のことだ。
断られて当たり前だな。とんでもないことを頼んじまった。
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