第3話  蝦夷鷲ノ木上陸

十月十九日

十二月二日

土方の日記

       大江丸の周辺には、他の船は見当たらない。昨日までは神速と長鯨  

       が見えていた。バラバラになっちまった様だ。風が出てきた。時化ね  

       えといいんだが。夜が明けたら蝦夷地が見えると言っていた。

       荒れる前に眠るとするか。


十月二十日 

十二月三日     

       全ての船が一斉に鷲ノ木に着いたわけではない。順次上陸作業に取 

       り掛かった。

       後で聞くことになるのだが、上陸の際、誤って海に落ち水死した者が 

       十七人いたそうだ。また、室蘭沖まで流された船もあったそうだ。

       この艦隊は何かに取りつかれているんじゃねぇのかと思えてくる。

       大江丸は荷下ろし作業等無事にすませた。先ず、宿舎の確保を指示し

       た。

      この日の鷲ノ木は、風雪が強く雪も一尺程積もっていた。

土方歳三  「大鳥君は上陸したのかい。鉄之助、市造、様子を見てきてくれ。」

市村鉄之助 「先生、大鳥さんが来てくれとのことです。」


      市村に案内させ、大鳥の所に行った。そこには人見勝太郎君と本多 

      幸七郎君がいた。


大鳥圭介  「土方君、上陸早々呼び出しして申し焼けない。今、人見君と本多君に 

      話していたんだが、二人に五稜郭の箱館府知事清水谷公考の元に派遣 

      する。      

      人見君、本多君、ご苦労をかけるが承知してくれ。これは榎本さんが 

      書いた書簡だ。これを箱館府知事に渡してもらいたい。」

人見勝太郎 「承知しました。遊撃隊から三十名連れて行ってもよろしいでしょう 

      か。」             

大大鳥圭介 「三十名では足りんだろう。少なくても一個小隊は連れて行けよ。」 

本多幸七郎 「ぞろぞろ連れて行った方が反って警戒されます。」

土方歳三  「十分つけ気をつけて。よろしく頼む。」


       人見勝太郎と本多幸七郎を先頭に 二列縦隊で行進していった。


十月二十二日 

十二月五日

      この日、早朝から慌れていた。

      箱館五稜郭に向けて進軍するのに各隊は準備に追われていた。


大鳥圭介   「既に伝えているが、大鳥隊は、右広場に隊ごとに分かれて整列っ。 

      土方隊は左の広場に同様に整列。」


      大鳥隊 新撰組本体、伝習士官隊、田朱歩兵隊、遊撃隊、仏軍事顧問 

      ブリュネ大尉・カズヌーブ伍長、マルラン伍長、総数七百名。

      土方隊、守衛新選組、仙台額兵隊、衝鋒隊、仏軍事顧問ブッフィエ、

      総数五百名。


大鳥圭介   「大鳥隊は本道(大沼・峠下・七重村・大川、桔梗

      、五稜郭と進む。敵が待ち伏せしているとしたら峠下あたりが想定され 

      る。各隊から物見を出して慎重に行動するように。

      土方隊は、間道(砂原・鹿部・川汲・湯川を経て五稜郭に向かう。宿舎 

      の確保の為に各隊先発隊を出すこと。食料は六日分用意しておこと。

      両隊の出発は、十一時とする。寒さ対策は万全にしておくように。 

      土方君からも一言頼む。」

土方歳三   「各隊共初戦で圧勝しろ。敵が戦意を失うほどの圧勝だ。それが出来

      たら敵は五稜郭を捨てて青森に逃げる。俺からの命令は二つだ。

      一、初戦圧勝。

      一、命を無駄にするな。これから嫌というほど戦が出来る。大鳥さん

        も言った様に寒さ対策は真剣にしろ。

        最悪、野宿になるからな。以上。出発まで休んでおけよ。

        新選組の森常吉、相馬主計、大野右仲、島田魁、三好胖、小久保

        清吉は俺のところに集合。以上をもって解散とする。 


      名前を呼ばれた隊士たちが土方の周りに集まった。


土方歳三   「大野、森、大鳥さんにはうまく出来たのか。」

大野右仲   「先生がおっしゃった通り二つ返事で許可が取れました。」

土方歳三   「森君、存分にやってくれ。島田、お前の方はうまくいったのか。」

島田魁    「大鳥さんも私達、古参兵はいない方がよかったのか了解してもらえ 

       ました。」

土方歳三   「島田、今からお前は守衛新選組の隊長だ。よろしく頼むぜ。」

      「三好殿、くれぐれも無茶な戦だけはしねえと約束してくれ。

       小久保しっかりお守りするんだぞ。」

三好胖    「土方先生、お気遣いありがとうございます。無駄死にはしません。 

      お約束します。」

小久保清吉 「土方先生、我々命に代えてもお守りすることをお誓いいたします。」


      正午、先ず、大鳥隊が出発。続いて土方隊が出発。

      土方隊は何事もなく第一日目の宿営地である砂原に到着。宿営の準備 

      に取り掛かった。

      一方、大鳥軍は峠下村付近まで進軍していたが先発していた人見・本多 

      隊と遭遇。敵と小競り合いがあった。

      峠下村の庚申塚あたりで戦闘が始まった。新政府軍の夜襲だった。

      この時の新政府軍の陣立ては、備後福山藩兵・越前大野藩兵・松前藩

      兵の一部が七重村周辺の守備に当たっていた。


十月二十四日 

十二月八日

      この日、大鳥軍が峠下村から七重 村に差し掛かった時、新政府軍が

      発砲してきた大鳥軍は虚を突かれ一時苦戦を強 いられた。

森隊長   「新選組は匍匐の姿勢で射撃開始。」 

      「第一分隊、右側面より敵をねらえ。」

      「大野君、抜刀隊五十名を選抜してくれ。前方右手に杉林がある。

      大野君、判るか。抜刀隊はあそこまで突っ走ってくれ。全員弾込めを急 

      げ。大野君、五数えたら頼む。」

       「一、二、三、四、五、打ちまく れっ。」

大野右仲   「突撃っ。」

      大野右仲を先頭に抜刀隊が走った、後を三好胖が後を追った。

      慌てた小久保清吉以下八名が三好胖の後を追う形になった。 

小久保清吉 「若っ、お戻りくださいっ。」

       既に抜刀隊は敵兵と斬り合いを始めている。


大野右仲 「敵は大したことはない。二人一組になって戦えっ。」


      三好胖は激戦になっている場所で既に切りあっていた。

      一発の銃弾が三好胖の腹部を貫いた。それでも三好は戦おうとしてい 

       る。三好胖の家来達が三好を救出しようと敵に切り込んでいく。

       三好胖は倒れて動かなくなった。

       激戦だったが、敵は敗走しいていった。

       遺体収容者の中に三好胖、小久保 清吉等唐津藩士の遺体もあった。

      三好胖は、右腹部への銃弾が致命傷だった。

      この銃弾はポケットにいれていた懐中時計の鎖を腹奥までねじ込ませ 

      ていた。全身に九ケ所の刀傷があり、左手の指は三本切りおとされて 

      いた。

      右眉から頬にかけて大きな刀傷があり、未だに鮮血が流れている。

      三好胖の傍らには小久保清吉が切腹してた。壮絶な最期だった。


      森隊長は、気の利いた隊士二人に 報告書を持たせて土方のもとに届 

      けさせた。

      この界隈には、武蔵野千人同心だった人たちが移住して住み暮らしてい

      る者も結構いる。

      ほとんどの者は箱館府寄りだが、中には徳川家への忠誠心で旧幕府軍に

      味方する者もそれなりにいた。

     。

土方の日記

       砂原、鹿部、川汲と来たが、鹿部では全員野宿だった。雨、風、雪が 

       吹きまくって隊士達を悩ませた。

       本日、川汲にて小競り合いあった。我軍の死傷者なし。敵方の戦死七 

      名、負傷者十名。


十月二十五日 

十二月八日

      今日、昼過ぎに森の使いが来た。 森の手紙を届けに来た二人から詳

      しいことは聞いた。

      やるせねぇ気持ちだ。三好は何のために蝦夷地に来たのか。仙台で

      乗船を願い出たときの必死の形相は、目に焼き付いちまっていやがる。 

      だが、立派に戦った様だ。お前は立派な「武士」だよ。

      今日、額兵隊の星恂太郎が訪ねてくる。話があるようだ。

      鳥羽・伏見の戦い後、反薩長の立場だった仙台藩は危機感を覚え戦争 

      準備と装備の近代化の必要性を痛感し洋式部隊の編成に着手した。

      横浜で洋式部隊(西洋砲術や歩兵術)を学んでいた星恂太郎を呼び戻し 

      た。

      額兵隊は、家中の次男・三男等からなっている。千八百六十八年四月に

      結成された。

      総員数は最大で八百人に達したが、仙台藩が薩長に降伏してしまったの 

      で額兵隊の活躍の場がなくなった。それに激怒した星ら額兵隊は       

      相馬城を占領。

      額兵隊が邪魔になった仙台藩は星の暗殺計画まで考えたようだ。それ 

      に動揺した隊士の離脱が相次いだ。隊士は半減。榎本武揚に出会い蝦

      夷行きを説得され、二関源治・荒井平之進以下二百五十名は脱藩し蝦 

      夷地に向かうことにした。


星恂太郎  「土方先生、伺うの早すぎましたか。」

土方歳三  「星君、よく来てくれた。上がってくれ。」

星恂太郎  「先生、副官の熱海卓次です。連れてきました。」

土方歳三  「早々だが、話ってなんだい。」

星恂太郎  「先生、単刀直入に話させていただきます。大鳥さんは陸軍の総司令官

      になるのでしょうか。」

土方歳三 「なんでだい。」

星恂太郎 「仙台にいた時、藩士が話しているのを聞いたんです。伝習隊の大鳥は戦 

      が下手すぎる。

      数十度の戦で勝ったのは数度程度だと言うんです。その後、伝習隊隊士 

      に 直接聞いてみましたら藩士の言った通りでした。そのような方が 

      総司令官になって大丈夫何ですか。」

土方歳三  「まだ、大鳥君が上に立つと決まったわけじゃねえ。榎本さんが言う 

      には、松前を落としたら「入札」というのをやるんだと。皆に投票 

      させて票の多い順に役職を決めていくんだと。それと仙台を出港する

      間際に榎本さ んと直接話をした。内容は、陸軍のことには口を出さ 

      ない、土方さんに全て任せる。」ってさ。 その席には大鳥君もいた

      ぞ。」

星恂太郎  「そうだったんですか。聞きに来てよかったな、熱海君。」

土方歳三  「ただなぁ、薩長が上陸したら、大鳥が指揮をする隊と、俺が指揮を 

      する隊の二つの大隊になるだろうな。額兵隊がどっちの指揮官に属する  

      かは判らん。この件は入札が終わってから、ゆっくり話そうや。」

星恂太郎  「了解しました。」

土方歳三  「星君、熱海君、飯食ってけよ。」


      二人は、飯を食って帰っていった。


土方の日記

      俺もそれらしいことを何度か聞いたことがあるが、大鳥がそれほどの

      戦下手だったとは。

      大鳥の代替には、伝習士官大尉隊長滝川充太郎をつける。後はもう  

      少し全体を見聞きしてからだ。

      星恂太郎は嫌いじゃねぇ。はっきりしているところがいい。

      明日は、五稜郭入城だ。上湯川から五稜郭まで六キロほどだ。

      明日は、ゆっくり風呂につかりてぇな。

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