第12話 普通の女性
12.普通の女性
言葉を選べない。
私は明日のイベントに有美からも望からも招かれている?否、望はまだ迷っている。明日の同行者が小夜であっても成り立つ話だ。”1人で行くつもりがない”の意図は有美に下心がないことを示すものであろう。望と有美の距離感が似ているように思った。2人には恋愛ではなく男女の友情が成り立っているようだ。
もし、望が同行者に小夜を選らんだならば、私は有美の家に行けるのだろうか?そして今、望に思いを告げたならば、私を選んでくれるのだろうか?もしかしたら嘘を吐かないこの条件で取り返しのつかないことになってしまうかも知れない。
望、はっきりした言葉で私を誘ってほしい。その言葉を引き出す言葉が見つからない。
「あれ、望に菫じゃん、珍しい組み合わせね」
声を掛けたのは倫子だった。
「結構いい感じかなと思っているんだけど、そうは見えない?」
望は笑いながら言った
「望はさあ、小夜狙いだよね、菫と一緒にいるとまずくない?」
「まずい?別に小夜さんと付き合っているわけじゃないし」
倫子はあきれた顔をして
「望はさぁ、奈緒とか射程に入っているのに小夜さんとかないでしょ」
「小夜さん後ろにいるよ」
倫子は慌てて振り返り、小夜がいないことを確認して望の腕を平手で叩いた
「そういう冗談、心臓に悪いって」
「どれどれ、某が健診しましょうか」
もう一度腕を叩いた
「小夜さん止めて倫子さんを口説こうかな~」
「一昨日来やがれ」
「はてな?。一昨日お伺いしたのですが、忘れるなんてひどいな。やっぱり有美さんの友達紹介してもらおう」
「有美さんの友達?」
「1000歳位の熟女」
倫子が横目で私の顔に目を見ると
「望、菫の前で女の子の話しちゃダメよ」
倫子が私を指差すと望もこちらを見た
「菫さん顔が怖いぞ、ケーキでも当たったか?」
どうやら険しい表情をしていたようだ。倫子が反応する
「ケーキ、そういう関係」
「違うよぉ~、有美さんも一緒だったしぃ~」
慌てて繕った
「有美さんがご馳走してくれたんだ」
単調な口調で望が答えた。さすがは魔物だ
「そうださっき聞いた話だと、午後の授業で仲良くしていたそうじゃない」
「あれ、あの授業、倫子さん取っていなかったよね」
「竜也がすっ飛んで、奈緒に報告に来たから」
「ああ、鼻の下伸ばしているところ竜也に見られちまったか」
「口説いたんだ」
「愛美さんの一件依頼同期の人が冷たかったからね、話しかけてくれた、菫さんが天使に見えたよ」
倫子は望から視線を反らし私を一目したあと
「正直言うと、愛美がいなくなって清々している」
「気を使わなくていいよ」
「ああいう、あざといぶりっ子、嫌いなんだよね」
「愛美さん、男達からは人気あったんだけどね。お陰で僕は同期の仲間外れだし、小夜さんも露骨に嫌な顔するし」
「大体、男って女を見る目がないよね」
「僕は、いやらしい目で女性を見ているけどね」
倫子と私が同時に頭を叩いた
「冗談に決まっているだろう」
笑って望が答えた。
倫子は目を細めて
「小夜を見る目がいやらしいよね、菫もそう思うでしょう」
「そうだねぇ~」
「今度から、倫子さんもいやらしい目で凝視しますので許して下さい」
倫子は私の後ろに隠れて
「死ね、こっち見んな」
「倫子さんいちいち真に受けるんですね」
私は笑って
「お店、入ろうかぁ~」
倫子に貴重な時間を奪われてしまった。
望が店員に席を聞いて私と倫子を席まで紳士的に導いた。上座に座った倫子に対面に私が座った。望は躊躇なく下座の私の隣に座った。
倫子は首を傾げて
「付き合っているというか、むしろ夫婦の雰囲気すらあるわね」
「こんな綺麗な奥さんならご機嫌だね」
倫子はため息をつく
「普通、そういう話はまず否定しない?」
「普通?倫子さん家はそういう作法なんだ」
「そういうぶっ飛んでいるところが、小夜とか菫に惹かれる原因なのね」
望は笑って
「菫さんと小夜さんを悪く言うな!」
「はい、はい。でも小夜ねえ、正直惚れる女じゃないでしょう」
望は真顔になって
「高校の時に付き合っていた人の反動かな、小夜さんの読んでいる本を見たら僕と合いそうだと思ったから」
倫子は身を前出して
「聞かせてよ元カノ、どんな人?」
「倫子さんの方が美人かな」
倫子に見えないようにして、望の脇腹を抓った。
「なんて口説いたの?」
「彼女の好きなLe Petit Princeの話題をきっかけにね」
「Le Petit Prince?」
望と倫子の会話に嫉妬を感じている。望は自分の魅力に気付いていない。倫子が女の子の目になっていることが許せない。
望は、彼女の好きな星の王子さま(Le Petit Prince)のことを調べぬいて声を掛けた。しかし、彼女が星の王子さまを全く理解していなくて落胆したと言った
「碧さんと寝たのぉ〜」
倫子が絶句した。碧という名前は会話に登場していない
「寝たよ、最後までは行かなかったけど」
望の言葉で我に返った。
「だから、そういうことは答えなくていいの」
いや、この場合は答えるのが私に対する好意だ。望はちゃんと弁えている。これは先ほど有美から知り得た情報だ
「こういう場合、適当なこと言うのが正解なんだ」
「そうよ、話が広がらないじゃない。菫もそう思うでしょう」
「望が下手だから逃げちゃったのぉ〜」
「下手かどうか試してみるか?」
「・・・」
「菫さん、ここで絶句は反則だろう!」
折角なのでそのまま俯いてやった。
倫子は両手を左右に広げて
「まあ、いいわ。でそれが小夜にどう繋がるの」
倫子の声には動揺が乗っていた。望は淡々と
「彼女を寝盗られたんだ」
私はすかさず
「碧さん、なんでぇ~、望に愛想をつかしたのかなぁ~」
「多分身体目当てで近づいたことに気づいたんだろうね」
「最低!」
倫子が吐き捨てた
「だから裏切ったんだろう」
「言い訳しろよ!」
「倫子さんは僕に何を期待しているの」
倫子は少し沈黙した
「誰でも良かった訳じゃないよねぇ~」
中学の頃と比べて自分が随分大人になったと思った
「僕は彼女にとって不足だったのでしょう。彼女のご両親には大分好かれていたんですけどね。彼女はご両親程僕を好きになってはくれなかったみたい」
望の女性を見る目は成長していないと思った。倫子の話ではないが、有美も誘えば断らない筈だ。おそらくあのとき望の手を握ったのはからかったのではない筈だ。
「彼女の両親とも交流があったの?」
「僕は清い交際をしていましたから、ご両親に対して後ろめたい気持ちはなかったですよ」
軽い苛立ちを覚えた。碧は望の魅力に気付けないのならば余程女性の能力が低いとしかいえない。
「寝取った男って、どんな奴?」
望は笑顔で
「僕より二枚目で、運動が出来たな、確か中学生の時、サッカーの特待生のスカウトが来たくらいだから」
「それは仕方ないね」
倫子がその程度の女と確信し、安堵した。私の恐怖にはならない。
「小夜のどこが好きなの?」
倫子は話題を変えた
「僕より頭が良くて、他の男が声を掛けなさそうだからかな」
「え〜、そんな理由」
「だめ、かな」
「だってさ、望なら奈緒デートに誘っても行ってくれる雰囲気じゃん」
「奈緒さんあんまり好みじゃないし」
「菫の前だから言っている?」
おしぼりで顔を拭きたくなった
「私は関係ないよぉ~」
「いくら何でも小夜はないでしょう。菫もそう思うでしょう」
「そうねぇ~」
倫子は私を睨みつけると
「感情が薄いわね。菫! あなた達、本当は付き合っているのでしょう」
「菫さんとちゃんと話したのは今日が2回めだよ」
「じゃあ、どうして菫は望の元カノの名前を知っているのかな?」
「有美さんから聞いたんだよぉ~」
倫子の表情から驚愕が伝わる
「有美さんって魔女の勧修寺さん」
望は笑いながら
「魔女の通り名、いきわたっているね」
「碧は魔女の友達なの?」
「望にぃ~今日紹介してもらったんだよぉ~」
「誰とも話さない人なのに、菫は知り合いなんだ」
「菫さんは”普通”じゃないから有美さんに気があったのでしょう」
「普通じゃない?」
驚く倫子をよそ目に、有美が定義したボルツマン分布に従う”普通”を思い出した。
望が碧と上手くいかなかったのは碧が”普通”だったからに違いない。望が小夜を選んだ理由が分かった。望は普通の人と会話を続ける事が苦痛なことに気付いているのだ。これは恐らく有美や私にも当てはまる筈だ。
望が有美と恋愛に発展しないのは恋愛に終わりがあることを気付いているからだ。では私はどうなのだろう?
恋愛の終わりを予想して恋を始める人がいるのだろうか
「へへへ、私ぃ。確かに普通じゃないよねぇ~」
横を見ると望がこの上がないほどの笑顔で私を見ていた。
確かにそうだ、望と有美と話して気付いた。私は”普通”の相手と会話するために、わざと相手の水準に話題や表現を相手に合わせていた。まるで常用言語が違う外国相手に対していつも自分が相手の言語で会話しているようだった。もうへとへとだ。大学に来てこんな喋り方をしているのは、自分でなく相手に気を遣わせたい願望の表れなのかもしれない。
倫子は吐き捨てた
「自覚症状はあるんだ」
望が口を挟んだ
「僕もよく普通じゃないって罵られたな。女の子が言う”普通”って定義、僕は一生出来そうにないな」
倫子は少し怒った口調で
「定義?普通は普通よ。そんなこと考える人いないわよ」
「なんか、宗教の言葉に聞こえるね。”普通”って」
倫子の顔が明らかに不機嫌になった
「随分、菫のこと庇うのね」
「菫さんとは今日、友達になったから」
倫子は私の顔を見て
「そうなの?」
「そうだよぉ~」
即答した。倫子は望を睨んで
「望にとって友達ってどういう定義なの?」
「僕の持っている資源をどれだけ相手に優先にして使えるかの量だと定義しているけど」
倫子は驚いた表情になって
「そんなこと簡単に答えられる人なんていないわよ」
恐らく倫子が意図した答えとかけ離れていたのだろう。言葉が強い
「僕は普通じゃないから」
望の涼しい口調に、倫子と距離を取りたいことが分かった
「望が碧さんと付き合ったのはぁ~、紫さんの呪縛から逃れたかったからぁ~?」
望が怒ることを分かって聞いた。望は涼しい口調で
「そうかもな」
肩透かしを食ったような反応だ
「本当に紫さんとずっと一緒にいてぇ~手を出さずにいられたのぉ~」
「さっき話したと思うけど、彼女は僕よりずっと大人だったから、僕には手の届かない存在だったし」
望は私の質問から逃げることもはぐらかす事もしない
「紫さんのこと好きだったんでしょ~」
「好きでしたよ。でも恋人同士になるのとは何かが違った」
「何かぁ?」
ふと、望が有美に抱いている感情と似ているのではないかと思った。
気付くと私達の前には倫子はいなかった。
<つづく>
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