私の二度目の人生は幸せです
あ・まん@田中子樹
1 東雲詩乃の日常
私、
はやく家に帰って夕飯の準備をしないといけないのに彼女に捕まってしまった。今は勤めている会社から少し離れたレストランにいる。
先ほどから会話が平行線なので、退屈しのぎに冷めてしまったホットコーヒーにミルクを入れてスプーンでかき混ぜる。
「もう一度聞くわよ。東雲さんがお金を借りたんじゃないの?」
「いえ、借りてません。瀧さんからもそんな話はいっさい聞いてません」
だけど見た目はあまりパッとしない地味な私とふたりきりの時は「詩乃は特別だよ」と恥ずかしいセリフを照れもせず言ってくる。
そんなアー君に私の向かいにいる同僚の女性は先月、次の給料までという条件でお金を貸したそう。今月に入って返済するよう求めたら私の借金を肩代わりしたから少しだけ待って、とお願いされたそうだ。
しょうがないな……。私はあきらめて財布から1万円札を数枚取り出した。
「とりあえず私が払っておきます。ですので社内で噂とかは勘弁してください」
「ふーん……まあいいわ、お金が戻れば私はどっちでもいいから」
私がお金を渡すと、同僚の女性は不思議そうに私に訊ねた。
「ひとに変な話をなすりつけようとする男とは関わらない方がいいわよ」
彼女はそう言って自分の分の代金をテーブルに残して先に席を立った。私も冷めたコーヒーを少し残したまま会計を済ませ、店を出た。
さっそくアー君にSNSを送るが既読がつかない。いつものことなのであきらめて自宅のアパートへ帰って、夕飯の準備に取りかかる。
私は会社から電車でふた駅と割と近いところに住んでいて、1LDKのアパートでひとり暮らしを始めて2年が経つ。夕飯を私の家で食べて帰るのが彼のルーティンなのでふたり分の食事を作る。
夜10時を回ったあたりでスマホの通知が鳴った。今日は金曜日なのでイヤな予感はしていたが、見事的中してしまう。
(今日は友だちと飲んでるから直接帰るわ)
やっぱり……アー君、最近いつも週末は友だちとの飲み会で私のアパートに寄ってくれない。
以前、私が連絡をちゃんと入れて友人とゴハンを食べて帰ってきたらメチャクチャにキレてたのに……ホント我が儘なんだから。そう言いながらも彼のことを放っておけない私もホントどうしようもないと思う。
次の日の朝、電話が鳴った。出るとアー君だった。俺んち来いよ、という週末お決まりの定時連絡のようなもの。
私たちは外でデートをほとんどしたことがない。理由は社内恋愛がバレたらまずいから。でも、マスクして帽子でも被れば大丈夫だと思うんだけどな……。
会社の同僚からお金の話をされたから払っておいたという話をした。するとアー君は「俺、さ……今、夢を追いかけているんだ」と話し始めた。
どういうことなのか理由を聞くと、いつまでもあんな小さな会社の平社員なんかに収まっているつもりはないと答えた。なにを始めようとしているのか訊ねても教えてくれなかった。
でも夢を持つって大事なことだと思う。私は叶えたい夢をなにひとつ持ってないから……。
アー君と話して、ふたりの将来のために私が貯金している口座から払うと話すとアー君は顔を輝かせて「やっぱり誌乃は頼りになるよ」と頭を撫でてくれた。
彼は外でやる趣味、釣りとかキャンプなどアウトドア系の趣味がなく、家でゴロゴロするのが好き。週末はひたすらゲームをやり込んでいる。
「ヒマならどっか行かない?」とたまに外出しようと誘うが、「家でしっかり休養を取るのも立派な予定なんだ」と頑なに拒んでくる。
彼も一人暮らしなので、週末に私が行って掃除やたまった洗濯物のほか、アイロンがけしたり、来週分の作り置きや下味冷凍、常備菜などを準備する。
夕方になってアー君が「ちょっと出かけてくる」と急に言いだし、アパートを出て行った。アー君がとつぜん私を放置するのはよくあること……。家事がすべて終わったし、乙女ゲーでもやろっと。
この乙女ゲーの主人公って平民なのに、努力して素敵な男性たち巡りあえていいな。私にはとても彼女のような実行力はない……。
そろそろ帰ろうかなと思ってた頃にアー君が帰ってきて、いきなり私を求めてきた。
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