第2話 君と永遠に……

 ゆっくりと不敵な笑みを浮かべるバルバトス。

 それを見て、リーゼルシアは怯えているようにも見えた。


 あんな強い彼女でも怯えるなんて……何とかしてでも彼女だけは助けないと……。


「バルバトス! 標的は僕のはずだ。彼女は使徒、なんの罪もない」


「罪? だと……貴様は何を言っている? 俺様は彼女が欲しい、味わいたい、ただそれだけだ!」


 その瞬間、リーゼルシアの背中から白くて美しい翼が現れた。

 突然のことにレンべとアンナは驚いた様子でリーゼルシアから一度離れた。再び押さえつけようと試みるも翼が起こす風圧によって近づくこともままならない。


「ああん? 使徒の分際で不愉快だな」


「《節制神セッセイシン》よ。私が相手になりましょう」


「へぇ~、死ノ神のために命まで張ると?」


「ええ、死ノ神は私に身分が違うにも関わらず優しく接してくださいました。それが何よりも嬉しかった。他の神々からは道具のように扱き使われ、弄ばれ苦しかった。だけど、そんな時リュドシエル様は私の苦しみもすべて優しく包み込んでくださったのです」


「それで満たされんのか? アホクセ」


「あなたがどう言おうと勝手です。ですが私は他の神々を相手にしてでもリュドシエル様を守るため戦いましょう」


「だったらお前の魂ごと消滅させてやるよ!!」


 バルバトスは大きく目を見開いた。すると地面から多くの死者の魂が連なった巨大な顔が現れた。

 そしてリーゼルシア目掛けて大きく口を開けた。


 リーゼルシアは別次元から槍を取り出し、巨大な顔目掛けて単身突撃する。


「はははっ! バカな奴だ、あれに飲み込まれたら最後、自身も怨念に飲まれるって知らないのかよ」


 しかし巨大な顔の隙間から次々と柱となって漏れ出す光。そうだ、リーゼルシアがなぜ神々に匹敵する力を有すると言われている理由がやっと理解できた瞬間だった。

浄化じょうか》それこそが彼女が持つ能力。どんな悪霊や怨念であっても決して飲まれることなく、魂を浄化していくというもの。


「ま、マジかよ……」


 キョトンとした目をしたバルバトスの前にリーゼルシアは降り立った。


「もう、無駄な争いは…………ぐはっ」


 地面に流れる真っ赤な液体。

 

 僕の目に映ったのは信じられない、信じることすら嫌な光景だった。


 リーセルシアの背後にいるのはアンナ。


 一体、なにをして……。


 アンナが険しい顔をしながら力を入れているようにも見える。その度に地面に流れ落ちる真っ赤な液体に悶えるような声。

 そしてドサッと誰かが地面に倒れる音がした。


「あはははは! や、やったわ。これで男共は皆、妾に振り向くはず」


 アンナはなにを言って……バルバトスはリーゼルシアの髪を掴み、引きずりながら僕の元へと運んできた。


「リーゼルシア……? おい、起きてくれ! 頼むから!」


 そんな僕の叫びは虚しくすでに聞こえていないようだった。彼女の目にはもう光が灯っていない。

 もう見られないのか? 

 あの笑った顔も、怒った顔をも、泣いた顔をも全部、一生見ることができないのか?


 僕が好きだったリーゼルシアを……。


「ほらよ、これだけは返してやるよ。あ、そうだ。そこの死んだ彼女からの伝言。『愛してる、いつかもう一度あなたの側に』だってさ! 笑えるよな、神と使徒が結ばれることなど!」


 バルバトスは《閃光剣ラファエル》を地面に投げつけた。


 もし僕に力があったら…………彼女は、リーゼルシアはこんなことには……。


「じゃあな、死ノ神。せいぜいこの女と――」


 僕はリーゼルシアの遺体に覆い被さり自分の周囲にだけ小さな結界を張った。力ある神々の前では無意味だということは誰よりも理解しているつもりだ。僕みたいな弱い神が張った結界なんて数分も持たないだろう。

 だけど少しでも君の側にいられるのなら、僕はその都度足掻き続ける。

 

「これでもう少しは君の側に……」


 僕は血だらけのリーゼルシアを抱き寄せた。

 その瞬間、脳裏に響く不思議な声。


“そんなに悲しまないでください、私はいつもあなたの側にいますから”


 その言葉を最後に声が響くことはなくなった。


 だけど僕はリーゼルシアかもしれない、今の僕にとってはそれが心の支えになった。

 

 そして、ふと思った。


 子供達の魂のようにリーゼルシアの魂を人界に転生させたらもしかしたら、と。

 

 もし、もう一度彼女に会えるのなら……僕は神としての地位も力もすべて捨てる覚悟はできている。


 僕は結界を張ったまま、魂を転生される場所まで急いだ。どうしてもリーゼルシアを運びながらだと時間が掛かる。おまけに神々は僕のしようとしている行動を察したのか、必死に阻止しようと試みている。

 だが、結界の方はまだしばらく大丈夫だ。


「よし、着いた」


 魔法陣が描かれたその場所は、人界へと繋がる領域。そこにリーゼルシアの遺体を置いた瞬間、結界は消滅しバルバトスは気が狂ったかのようにリーゼルシアを持ち上げ、遠くへと投げ飛ばした。


「いつまで悪足掻きするつもりだ?」


 それを見て僕は発狂する。

 

 自分でもなぜかわからない。

 

 目からは黒い涙が溢れ、身体中から漏れ出す憎悪のオーラ。抑えられない狂気そのもの。


「やっぱり力がないと、大切な人すら……失ってしまうんだな」


 その時、僕は復讐心に呑まれ抑えきれない衝動で無意識に身体が動き出す。神界に漂う魔力と僕から漏れ出る憎悪のオーラが合わさり少しずつ何かが具現化する。

 そして手に握られていたのは、禍々しいオーラが漂う漆黒の魔導銃。

 

「これ……は……?」


 この際だ、アイツらの心臓目掛けて撃ち抜いて見るか……。


 僕はレンベの胸に標準を合わしてトリガーを引いた。そして銃口から放たれたのは黒くモヤが掛かった銃弾。銃弾はレンベの胸を貫くと身体全体の内部から赤い糸のような物が侵食しているようにも見えた。


「う……な、なんなのだ……」


 やがてレンベは息を引き取り、膝から崩れ落ちる。


「ははっ! これが神をも殺す武器――グリム・リィーパーか!」


 僕が笑みを浮かべている間、バルバトスとアンナは驚愕し腰を抜かしている。

 何をもってそこまで驚愕することがある?

 今の僕の姿か?

 それともこの武器のことか?

 はたまた怯えか?

 疑問に思いつつも、僕は容赦なく二柱の神を標的に定めた。そして先程のようにトリガーを引くと銃弾が発射されバルバトスとアンナの胸を貫いた。


「ふははははっ! 全部君達が悪いんだ! リーゼルシアを殺め、僕達二人だけの幸せな時間を悲惨な時間へと変えた、君達が!」


 そう言いながら高らかに笑う僕。

 

 身体を侵食され苦しむ神々。

 

 その時、バルバトスは息を漏らすように言った。


「やはり……貴様は名の通り死神リィーパーであったか……」


 姿が変わらずとも、もう以前の僕はいない。


 こんな僕でもリーゼルシアは愛してくれるのだろうか?


 僕はバルバトスとアンナが息を引き取ったのを確認すると、自らの脳天に銃口を向けた。

 

 そして僕は最後に願った。

 

「どうか……もう一度だけ彼女と一緒に……」

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