埋まらない穴
第21話
2018年、1月30日。
手袋をして擦り合わせた手が指先からまたすぐに固まっていくんじゃないかというぐらい、今年の冬は寒かった。毎年この時期は寒いのだし、今年だっていつもと同じぐらいの気温なのに、どうしてだろう。
俺たち高校三年生にとって、この時期は人生で一番息苦しい時だ。センター試験を終え、いよいよ二次試験に向けてラストスパートをかける。国公立大学志望の俺は、2月下旬の二次試験が終わるまで気を抜くことはできない。
「実里、お疲れ様」
昨日、実里は志望していた私立大学の一般入試を終えた。センター試験後から自由登校になっているので、実里は今日来ないかと思っていた。でも、放課後俺の教室に姿を現した。長い戦いを終えてすっきりとした表情を見て、「ああ、終わったんだな。上手くいったんだな」と分かった。
「ありがとう。仁くんはあと少しだね」
「ああ。もうちょっとだけ、俺も頑張るよ」
実里はたぶん、明日からは学校に来ない。入試を終えた者が登校していると、なんとなくまだ入試の終わっていないメンバーの邪魔になる気がするのだ。登校するのはまったく問題ないのだが、暗黙の了解で私立組は入試後学校には来なくなる。
「今日は、どうして来たの」
「仁くんに激励を、と思って」
「そっか」
実里は最後に、俺を励ましに来たのだ。この寒い中、マフラーも手袋も忘れたのか、校舎の中にいるのに身体がガチガチと震えている。俺は自分の首に巻いていたマフラーと、はめていた手袋を外して彼女に渡した。
「そんな、悪いよ。受験生なのに風邪引いちゃう」
「一日ぐらい平気だって。ほら」
「……ありがとう」
実里は申し訳なさげにマフラーと手袋を受け取ってくれた。
残り1ヶ月。3月になれば俺たちは卒業する。実里と交際を初めて約一年半、長いようで短い時間だった。俺の青春のすべてが詰まった、良い時間だった。
「なあ、お願いがあるんだけど」
下駄箱で実里が靴を脱ごうとしていた時、俺はふと立ち止まって彼女に聞いた。
「なに?」
澄んだ瞳をこちらに向け、首を傾ける実里。実里の目は、出会った時からずっとまっすぐに俺を見てくれていた。嘘のない、素直な気持ちがそのまなざしから溢れ出ている。
「タイムカプセルを埋めたいんだ」
「タイム、カプセル……いいね」
小学生じみた俺の提案を、彼女は快く受け入れてくれた。受験前に、なんでこんなことをしているんだろうと我ながら呆れるが、その時の俺には必要なことだった。
何の価値もないと思っていた高校生活が、実里と出会ったおかげで鮮やかに色づいていって。
今この瞬間が去ってしまうことが、とても恐ろしく、寂しい。
だから、タイムカプセルだなんて古典的な方法を使ってでも、今の自分の想いを閉じ込めておきたかった。時間はみんなに平等に進んでいって、俺たちもいつか皺くちゃのおじいちゃん、おばあちゃんになる。不可逆的な時の流れに、少しでもあらがいたかった。
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