第10話


 互いの居場所を見つけた俺たちが心を許し、交際に発展するまでそれほど時間はかからなかった。


「私、五十嵐くんのこと好きだな」


 木枯しが学ランからはみ出した首や頬を刺すような冷たさで吹き付け、朝のニュース番組で「西高東低の気圧配置」という理科の授業でよく耳にする言葉を聞くようになった頃、実里があっさりとそんなことを口にした。奇跡的に自宅の方向が同じだった俺たちは、朝と放課後、時間が合う日は一緒に登下校していた。俺はサッカー部で彼女は美術部だったので、本当に時間が合う時だけだった。


 その日は朝、俺が彼女との待ち合わせの時間に10分ほど遅刻してしまった日だった。彼女は「お寝坊さんだね」と優しく俺をいなし、俺はいつも通り「昨日の晩、本に夢中になりすぎたんだ」と言うと、彼女は「何の本?」と聞いてきて、本当にいつものごとく本の話で盛り上がっていた。


 突然の告白に、俺は対応できずにその場で固まる。恥ずかしいが、今まで一度も好きな女の子に告白をしたことがなかったし、まして告白されたことなんて言うまでもなかった。


 とっさに格好いい返事ができるほど、俺はスマートな男ではなかったし、できた人間でもない。ただ放課後でもデート中でもなく、朝から想いを伝えてきた実里に興味があった。


「なんで、今?」


「え、別にいつでもいいかなって」


「まあ、いつ言われても返事は変わらないけど、実里って変わってるなあ」


「そうかな? 普通、だと思う」


「そっか。じゃあ俺も好き」


 会話の流れで自然に返事をしようと心算りしていたのだが、なんだか逆に不自然な接続詞になってしまった。


 実里は俺の返事を聞いて、その場で歩みを止める。なんだ。告白するのはあれだけさらっとしていたのに、返事を聞くときには真っ赤になって俯くなんて、やっぱり変なやつだなあ。


 こうして俺たちは人肌恋しい季節がやってくるのを目前にして、晴れて恋人同士になった。お互いに本が好きで、クラスのはぐれものとまではいかないけれど、目立たず波風を立てずに生きている者同士。彼女の隣にいる時間だけが、唯一自分らしくいられる時間だった。

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